第26話 最悪の記憶

「こりゃあすごい……。アメリカの映画みたいだな」


 そこは語彙力がバカになるくらい凄かった。

 バーのような落ち着いた暗さの中には、上にいたボンボンと若者とは一味違う、よりリッチな風貌のおじさまとおばさまがいて、彼ら彼女らは見たことのない量の札束を賭け金として”ゲーム”をしていたのだ。

 言うならば”大人の遊び”とでも表現すべきか。

 ただ、その光景を見て改めて思ったが、やはり目的の人物である花柳院繁が通うようなところにはどうしても見えなかった。

 真面目で保守派、仕事に熱心で金にも困っていないだろう。そんな人間が果たしてこんな危険な場所に来るだろうか? 普通に考えれば絶対に来ないだろう。だとすると、何か問題があるに違いない。


「裏があるな」


 俺はネクタイを左手で強く締め直すと同時に、フッと気配を半分ほど消した。

 全ての気配を完全に消したらかなり怪しくなる。気配は消えても実体は残るため、監視カメラには映ってしまうからだ。

 この場にいる人間とは目が合わなければバレない、という程度の気配を残すことで、より安全に潜入することが可能になる。


「……あいつにしよう」


 俺はゆっくりとだだっ広い部屋の隅にいる中年に近寄った。

 ここは監視カメラの完全な死角だ。迅速に処理をすれば、バレることはないだろう。


「……スリープ。バックメモリー」


「ぅ……んがぁ……」


 俺は例の如く中年を眠らせてから瞬時に記憶を探った。

 この中年がかなり酔っていたせいか鮮明な記憶は持っていなかったが、ラッキーなことに、そのボヤけた記憶の中には花柳院繁の姿があった。


「ポーカーか……ほう……」


 どうやら連日連夜ポーカーゲームに明け暮れていたが、突然我に返って暴れ出したようだ。

 それまでは勝ち星を重ねて賭け金を何倍にもしていたが、我に返った途端に連敗続き、終いには全財産を失ってしまったらしい。

 最終的には突如として裏から現れた黒服に裏口へと連行された。

 その際に、花柳院繁は暴れながらも「ここはどこだッ!」と叫び声をあげるが、ここでは金を失って連行されるのが当たり前のことなのか、周囲の人は”頭のおかしい狂ったやつ”としか認識しておらず、誰一人として見向きすらしない。


「これで終わりか。悪かったな、おっちゃん。バレないように壁にでも寄りかかって眠っててくれ」


 断片的で朧げな記憶しかなかったが、俺なりに推理をするならこんなものだろう。

 となると、次に目指す先は裏口の先になるんだが……俺はどこか違和感を感じていた。


 花柳院繁のような真面目て堅物な人間がこんなところにいることもおかしいが、何より我に返った時のあの瞳の揺らぎ方……。あれは日本における胡散臭い洗脳や催眠術なんかではない。

 俺が幾度となく、目にした経験のあるものだった。


 あれはおそらく——精神干渉系の魔法だ。


 練度こそ高くはないが、我に返ると同時に魔力が弾けて散り散りなる様子と、まるで何者かに精密に操られているような人間味のない動き……間違いない。


 日本に魔法を使える何者かが潜伏している。

 さらに、今の記憶は二日前のものだ。となると、急いだ方がいいな。死んでいると決まったわけではないが、最悪の場合を想定しておこう。

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