第25話 カマネェとパツキンボーイ

 そこではセクシーな格好をした女性が、四つん這いになっている男性の尻や背中を楽しそうに鞭で叩いており、その光景をそばで見ているリッチな風貌をした男女が金をばら撒いていた。


 部屋の中央にはノリノリで楽しげな曲を流すDJが数人おり、それをぐるりと囲うようにして若い男女が笑顔で踊っている。

 皆、金を持っていそうな衣服やジュエリーを身につけており、髪の毛も金銀青緑黄色赤、様々な色合いだ。


 他にも、至る所でとても健全とは言い難い遊びをしている金持ちの人間の姿が散見された。


「……ラーメン屋じゃなかったのか」


 俺は静かに視線を動かしながら中を散策していた。

 よく見れば、俺が入ってきた入口以外にもいくつか扉があるので、おそらく複数の店からここへ続く通路が伸びているのだろう。


「——ねぇえ、お兄さん? 少しそこでアチシと飲んでいかない?」


 そんなことを考えていると、女の口調をした野太い声と同時に右の肩を叩かれた。


「……いいですよ。あなたのお名前は?」


 振り向くと、そこには青髭の生えた、筋骨隆々とした男が立っていた。

 男は大きく肌を露出したピンク色のタンクトップを着ており、坊主に程近い短髪は明るいピンク色に染め上がっていた。


「あらあら。ここじゃあ、本名なんか聞いちゃダメよ? 現実の鬱憤を晴らしたくてここに来ているのだから……ね? それと、アチシのことは適当に呼んでちょうだい?」

 

「わかりました。じゃあ、カマネェとでも呼びますね」


 俺はパッと頭の中に浮かんだ呼び方を口にした。


「もおぅ! パツキンボーイったら!」


 カマネェは俺の体をベタベタと触りながら、バーらしき見た目をしたカウンター席に腰を下ろした。

 俺はパツキンボーイになったらしい。安直だが特徴を捉えた良いあだ名だ。


「……何飲みます? それと質問をしても?」


「アチシはハイボールで決まりよぅ! 質問も勝手にしてちょうだい! パツキンボーイは色男だから何でも答えちゃうわよ! スーツ姿もバッチリだしね!」


 俺が若干引き気味に言うと、カマネェはそんなことに全く気が付いていないのか、それとも気にしていないのか、テンション高めの回答を俺にぶつけてきたので、俺も適当にハイボールを注文し、鞄からスマホを取り出した。

 ここ最近ずっとスーツを着ているせいか、社畜感が増しているような気がしていたが、似合っているならそれで良いだろう。


「この人、知ってます?」


 俺は西園寺さんから送られてきた、どこにでもいそうなごく普通のハゲたおじさんの写真を見せた。

 この人こそがドローライトの編集長で、西園寺さんの上司に当たる人物だ。

 名前は花柳院繁かりゅういんしげる。五十二歳。仕事一筋なこともあってか、未だ独身。大人しく真面目な性格で、あまりチャレンジは好まない。ドローライトの創設者であり、現編集長兼代表取締役社長。

 西園寺から送られてきた情報は、こんな履歴書程度のパッとしない情報ばかりだ。

 まあ、ないよりはマシだろう


「この人……えぇと……確か名前は……花柳院繁だったかしらねぇ……。どこかで見たような気もするけど、どうも思い出せないわね。彼とパツキンボーイは知り合いか何かなの?」


 カマネェは毛深い剛腕を胸の組んで、ムムムムと唸り声を上げたが、おそらく嘘だろう。

 ほんの僅かに目が泳いでいるし、悩んでいるというのに言葉に乱れがない。まるで知っていることを隠しているように見える。


「ええ、実は最近行方がわからなくなっていまして、事情があって探しているんですよね。というか、カマネェはこの人の名前を知っていたんですね。ここはかなり詳しいんですか?」


 俺はスマホをカバンにしまいこんで、バーの男が出したハイボールを一気に煽った。

 カマネェの素振りに突っ込むことはせずに、あちら側から話すように言葉で誘導する。


「アチシの人脈を舐めないでちょうだい。ここに来る人間はみんなアチシが把握している人間よ? あのボーイは資産家の息子、その隣の嬢ちゃんはその婚約者、奥でそれを見ているのは浮気相手。ここでアチシが知らないことはないわ。。パツキンボーイ、あなた、どうやってここに入ったの? 何者? アチシが個人的に暗号を教えた人間しかここには入れないのよ?」


 カマネェは俺に対抗するようにハイボールを一気に飲み干すと、キッと俺のことを睨みつけてきた。


 予想以上に展開が早いな。まあ、俺にとっては好都合だが。


「たまたまですよ。たまたまラーメン屋に入ったら、たまたまここに来れたんです。それで、あなたが花柳院繁の名前を知っているということは、花柳院繁はここに通っていたりするのですか?」


 言い訳がましいが本当に偶然だ。

 暗号なんて知らなかったし、適当なラーメン屋に入ってカレーを注文したら、たまたまここに行き着いた、それだけだ。


「察しがいいわね。うまく話を流されちゃったけど、今は約束通りパツキンボーイの質問に答えてあげる。答えはイエスよ。花柳院繁は大体一週間前からここに通い始めたの。今はわからないわ。下の闇カジノで負けてからは姿を見ていないわね」


 カマネェは付け合わせのカシューナッツをつまみながら言った。

 同時に至る所に散らばっているサングラスをかけた黒服に目配せを送ると、俺の肩をめり込むほど強く握った。


「わかりました。では、俺はこれで——」


「——待ちなさぁい。簡単に行かせると思ったかしら? ここの存在を知った以上、パツキンボーイが他言する恐れは否めないわね。申し訳ないけど、死んでもらうわよ?」


 俺が席から立ち上がろうとすると、カマネェは俺の肩を抱いてから舌舐めずりをして、パチンと指を鳴らした。

 同時に至る所に散らばっていた黒服たちは、懐から何の躊躇もなくシルバーに輝くハンドガンを取り出した。

 ここにいる客は特に驚く様子もなく、やれやれと言ったような表情で俺のことを見ているだけだ。

 どうやらここだと日常茶飯事らしい。

 実に不思議な空間だ。


「死になさぁぁいぃ!」


「はぁぁぁ……マインドスキャン……全員眠りにつけ。カマネェ、花柳院繁の行方をただちに教えろ」


 俺はカマネェの合図に合わせて黒服が引き金を引こうとしているのが見えたので、すぐにこの空間全域に精神干渉魔法を発動させた。

 そして、圧倒的な魔力でここでの全ての力を握るカマネェから、無力な未成年の男女まで、全ての人間の心を一瞬で支配した。


「……下にいる」

「闇カジノだ……」

「もう……死んだ……多分」


 カマネェは小さな声でボソボソと一人でに呟いた。

 今、カマネェの頭の中は真っ暗闇だろう。意識こそあるが、自由が効かない。そんな世界だ。  

 魔法が切れるまでは、ただ俺の命令に従うしかないのだ。


「わかった。ここにいる者は明朝魔法が解ける。俺のことは完全に忘れろ。わかったか?」


 俺がそう言うと、この空間にある全ての者が虚な目で口をぽっかりと開けながらゆっくりと頷いた。


「急ぐか」


 その光景を確認した俺は、下へと続く階段に足をかけた。

 本来なら、すぐ下に目的の人物がいれば大凡の気配がわかるはずなのだが、どういうわけかいまいちピンとこない。

 地球にいる以上あり得ないことだが、何者かに俺の魔法が妨害されているような感覚だ。

 多少の警戒は心の内に秘めておくとしよう。

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