第24話 ラーメン屋の秘密

「とぅーとぅっとぅ……ふーんふんふふふーん……おぅいぇぇええぇぇぇぇーーー……あはぁぁん……」


 ボロアパートに帰宅してから一時間。

 俺は何のメロディーラインもない雑な鼻歌を奏でながらも、順調に部屋の整理を進めていた。

 魔法を使って一瞬で終わらせることも可能だったが、体を動かしたい気分だったので、魔法は一切使っていない。


「こっちはマジックボックスに入れて、こっちは魔法で消すか」


 俺は狭い部屋を右と左に分けて、必要なものと不必要なものをはっきりとさせた。

 ちなみに、九割以上の物が左の不必要なエリアに置かれている。

 必要なものといえば、ノートパソコンとスマホ、ちょっとした日用品だけだ。

 

「ふむ……現在の時刻は16時。一日を終えるには早い時間だな——っと、また地震か……結構大きいな」


 スマホをチラリと見て時刻を確認し、窓越しから外を眺めていると、おそらく震度5弱程度であろう強い地震が発生した。

 数年前に買った中古のラックや本棚がぐらぐらと揺れており、今にも倒れてしまいそうなほどの強さだ。


「まあいい。今はそんなことよりも、この不要なゴミを消そう。マタスタシス……転移先は、そうだな……適切なゴミ処理場だ」


 俺は部屋の左側に纏めた不要なゴミの山に向かって掌をかざし、物体を転移させる魔法を唱えた。

 これは対象をどこに飛ばすかまで選択することができる優れものだ。


「後は大家のばあさんに鍵を渡すだけか」


 俺は部屋から全ての物がなくなったことで閑散としたボロアパートの一室から外へ出た。

 もうここに戻ってくることはない。

 数日前に退去することは伝えて、申し訳程度の金銭を大家のばあさんに渡したので、後は鍵を返しておしまいだ。

 約二年間もお世話になったここを離れる時がようやく訪れたのだ。

 デメリットが多い欠陥アパートだったが、今思い返せば良い思い出が……あまりなかったな。虫が出るし、冷たい風が入ってくるし、壁は薄いし、隣人のおっさんはうるさい……と、家賃が安いというところ以外は良いことはほとんどなかった。


「はぁぁ……飯でも食うか——んぁ、もしもし西園寺さん?」


 明日の夜までは暇だし、飯でも食ってぶらぶらするか……なんてことを考えていると、西園寺さんから電話がかかってきた。


『こんにちは、田中さん。簡潔に言うわよ。実はうちの会社の編集長が最近出社していなくて作業が難航しているのよ。よかったら人助けだと思って、編集長のことを探してくれない?』


 西園寺さんは普段よりも少し早口で話していた。

 ガヤガヤとした周囲の音が電話に薄らと入っており、慌てた様子が窺える。


「どうして俺なんだ? 別に俺は探偵でも警察でもない。ただの無職だぞ?」


『田中さん……あなた凄い肝が座っているでしょう? 銀行強盗の件、忘れていたとは言わせないわよ? まっ、私もついこの間思い出したんだけどね』


 俺は心臓がドクンと大きく跳ねた。

 まさか覚えていたとはな。あの時の西園寺さんはかなり気が動転していたから忘れていたかと思っていた。


「……わかった。依頼を受けよう。銀行強盗の件についてはまた今度話を聞くから他言は控えてくれ」


『ええ。編集長と顔と名前はもう送信したから、それで見てちょうだい。ごめんなさいね。こんな面倒ごと押し付けちゃって』


「構わない。すぐに見つけられるように努力しよう」


 俺は返事を聞く前に電話を切った。

 電話越しだと催眠魔法はおろか、記憶を消すことだってできない。

 というより、俺は見知った相手に魔法をかけたくはない主義なので、なんとか他言を控えさせて話し合いに持ち込みたいところだ。


「……グラック……グラック……グラック……グラック」


 俺は二階から地上へと続く錆びた階段を下りながら、ほんの僅かな時間だけほんの僅かに運気が上がる魔法を自分にかけた。


 名前と顔はわかるが、それだけだと探すことはできない。実際に会ってどのような気配かを理解することができれば次に見つけるのは簡単なので、まずは腹拵えを済ませて聞き込みでもしようか。






「……らっしゃい。カウンター席へどうぞ」


 薄汚れた年季を感じる暖簾をくぐると、そこにはニンニクと油の匂いが立ち込めていた。

 アウトローな顔つきをした店主のみが佇む調理場に、トイレすらない店内が良い味を出している。

 カムイ町の小さなビルに構えられた小さなラーメン屋だが、こういうラーメン屋が一番美味いと相場が決まっているのだ。


「何食おうかな……」


 ここ最近の食事は三食全て焼肉と寿司をひたすらループしていたので、久しぶりにラーメンを食べたくなっていたのだ。

 しかし、メニュー見ると、美味そうなチャーハンやカレーといったご飯ものも数多くあり、ついついラーメン以外のメニューにも目が惹かれてしまう。


「お客さん。ご注文は?」


「カレーライスの並。ご飯は少なめ、ルーは甘口。トッピングにヒレカツを二つお願いします」


 俺は悩んだ末にラーメンを注文しなかった。

 ラーメン屋の店主からすれば外道な注文なのか、俺が細かい注文していくたびに、アウトローな見た目をした店主の表情は、より一層強張っていった。


「……あいよ。裏へ行きな」


「裏?」


 店主は手首を柔軟に使って、煙たそうな表情で俺のことを見ていた。


「なんだ、あんた初めてか? 誰の紹介か知らんが、そこにいられたら邪魔だ。早く行きな」


「は、はい……何なんだ……?」


 俺は店主が指を差している調理場の横の通路の奥にある、くすんだ銀色をした防火扉へ向かって歩いていった。

 この建物の規模と地域からして防火扉の設置義務はないはずだが……。


 この奥に別の店があって、もしかしたらそっちでラーメン以外のメニューを提供しているのかもしれないな。


「……さらにこの奥か?」


 防火扉を抜けると、下へと続く階段があり、そこを下りきると、さらに広く長い通路があった。

 そこは、とてもラーメン屋とは思えない厳重で強固、それでいて高級感も兼ね備えている黒々とした造りになっており、まるで高級ホテルのカジノやバーを連想させる。


 そして、最奥に設けられた金色のゴージャスな観音開きの扉を開くと、中には訳のわからない光景が広がっていた。

 

「……おい。ここはSMクラブか何かか……? ラーメン屋はどこだよ……」

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