第23話 催眠魔法を使おう!

『昨夜三時ごろ。都内全域に渡って震度4弱の強い揺れが観測されました。今後も余震が発生する危険性がありますのでご注意ください。強い揺れは今月で四回目となっております。徐々に強さを増しており、専門家によると今後も強さは増すだろうとのことです。では、続いてのニュースです。ついにやりました! 日本サッカー界の風雲児、久保田健志選手が——』


 引っ越しに備えてタナカ電気を訪れていた俺は、店内にある100インチのテレビで流れていた一つのニュースに目を止めていた。

 昨日の夜、というのよりも今日の朝という言い方になるのかその辺りはわからないが、その時間、俺はぐっすりと眠っていたので、地震が起きたことについては知らなかった。

 まあ、日本は地震が起きやすい国なので、特に気にすることもないだろう。


「……それより、明日には引越しだから、今日中に買うものを決めないとな……」


 マンションを買うにあたって全ての手続きを済ませてから今日で六日が経過した。

 明日には入室が認められるので、今日のうちに必要な家具や家電を調達するべきだろう。


「どうしようか……」


 俺はキラキラと光り輝いて見える新品の家電や家具を、ゆっくりと歩きながら観察していく。

 今住んでいるアパートのものを全て持っていくことも考えたが、綺麗な中古マンションの一室にそんなボロ家電やボロ家具は似合わないのでやめることにした。


「——何かお困りでしょうか?」


 俺が腕を組んで悩んでいると、突然背後から妖艶な声色をした女性から声をかけられた。

 

「店員さんですか? 実は新居に引っ越す際に家電と家具を新しくしようと思って見に来たのですが、どれを買おうか悩んでいたんです」


 俺は体ごと振り返ると、そこには女性店員が一人立っていた。

 いかにも日本人といったような黒髪によく似合うボブカット。身長もごく平均的な普通の女性だった。


「左様でございますか。でしたら、タナカ電気の営業成績トップを走る——三谷圭みつやけいがおすすめの商品をいくつかご紹介いたしましょう」


 三谷圭と名乗った女性店員は恭しく頭を下げると、「こちらへどうぞ」と言いながら、どこかへと歩いていったので、俺は大人しくついていくことにした。

 

「——こちらへおかけ下さい。どうかなさいましたか? ぼーっとしておられるみたいですが……」


 三十秒ほど歩いているうちに目的の場所に到着したらしい。


「大丈夫です。サービスカウンターのようですが、ここで何を?」


 俺はパイプ椅子に腰を据えて、三谷さんに聞いた。


「こちらをご覧ください。タナカ電気はオンラインサービスをしておりまして、店頭に置いていないお荷物も即日で手配することが可能になっております。ちなみにですが、お客様はどういった家具や家電をお求めでしょうか?」


「暮らしていく上で必要なものを全て見繕ってほしいです。キッチン周りから日常生活に欠かせないものまで、全てお願いします」


 俺が欲していたのはありとあらゆる全ての家具や家電だった。

 というのも、俺が明日から住む予定の、殺人事件の起きたマンションの一室にあった家具や家電は全て撤去されたからだ。

 それぞれ別の場所で殺された四人の家族の血痕が中々取れなかったということで、警察の調べが終わった後、すぐに家具や家電は撤去され、床や天井が張り替えられ、オートロック付きの玄関も作り直したらしい。

 つまり俺が住む予定のマンションはもぬけの殻というわけだ。人も物も何もないので、俺が個人的に準備するしかない。


「全て……ですか。ご予算はどの程度かお聞きしてもよろしいですか?」


 三谷さんは俺のことを試すような口調で聞いてきた。

 電卓に右手を添えており、俺が提示した予算に合わせて逆算していくのだろう。

 

「予算ですか……」

 

「悩む気持ちもわかります。家具や家電は値が張りますからね。そういったものは数十年に一度の買い物かと思われますので、慎重にご決断ください」


 俺はどのくらいの金額を出せばちょうど良いのかを考えていたのだが、三谷さんは別のベクトルに捉えて勘違いしていた。

 だが、流石自称営業成績トップを走る店員だ。客への細かな気遣まで心掛けているとはな……。


「3,000,000円でお願いします。家具や家電のスペックやサイズ感はマンションの情報が事細かに記されている、この書類を参考にお願いします」


 先ほどぐるぐると店内を回って家具や家電の値段を見たところ、3,000,000円があれば全て揃うだろうと俺は考えた。

 もちろん家具や家電の値段なんてピンキリだが、タナカ電気のような全国的に展開している店舗には、あまりにも高すぎる商品はないはずなので、この額があれば大丈夫そうだ。


「ふふふっ。3,000,000円って冗談はやめて下さいよー。いくらなんでも3,000,000円なんて……え? 本気マジですか……?」


本気マジです」


 俺が朗らかに笑う三谷さんのことをじっと見ていると、三谷さんは途端に我に返って真顔になって聞き返してきた。


「え……わ、わかりました……現金でのお支払いか、カードでのお支払い、どちらにしますか……?」


 三谷さんは右手を震わせながら電卓を指先で連打していた。

 電卓には何の規則性もない無数の数字が並んでおり、三谷さんの心と頭がどれだけ揺さぶられているのかが容易にわかる。


「現金でお願いします。少し多めに渡しますので、残金は三谷さんがお受け取りください。そのかわり、明日の夜までに全ての荷物を用意し、ここの地下の倉庫に置いておいてください。わかりましたか? わかったら返事をしてください」


 俺は三谷さんの目をじっとりと見ながら、胡散臭い催眠術師のような口調で語りかけた。

 そして、言葉を紡ぎながらも、俺は三谷さんが腰につけたウエストポーチの中に札束を三つ入れていく。


「……はい……わかり……ました。三谷圭が田中さんの家具と家電を全て取り寄せておきます」


 すると、三谷さんは次第に目を虚にしていき、最後には覇気のない口調でその場に立ち上がった。


「ヒプノシス、成功だ」


 今の魔法はヒプノシス。いわゆる催眠だ。

 声と音波に微弱な魔力を込めることで、相手の脳に直接俺の声を届けることができるのだ。

 魔力への耐性がないこの世界の人々は、この魔法から逃れることはできないだろう。

 今回は三谷さんに仕事を頑張ってもらいたいので、ひたすら働き続けるように二十四時間限定の自動回復魔法も付与してあげた。

 これで明日の夜になる頃には、俺は無事にマンション生活を始められるだろう。


「では、三谷さん。早速仕事に取り掛かってください」


「はい。失礼します。明日の夜、ご連絡させていただきます」


 俺の言葉を聞いた三谷さんは、従業員専用入り口の扉の中へ入っていった。


「よし。やることがなくなったし、家の整理でもするか」


 俺は外へ出てから完全に人気がない場所に行ってからテレポートを発動させ、数十キロ離れたボロアパートに帰宅したのだった。

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