第22話 事故物件は安価で安全?
「ほ、本当にこのマンションを一括で購入してもよろしいのですか……? ローンでのお支払いの方が安定的に金銭を管理することが可能ですが……」
不動産屋の男が物件の情報が記載された冊子と俺の顔を交互に見ながら言った。
「えーっと、このマンションって10,000,000円ですもんね? 僕、ローンとか分割って追い詰められる感じがして好きじゃないんですよね。だから大丈夫です。判子とサインだけで足りますかね?」
だが、特に問題はない。一括で購入しても金は余るし、これからまた集める予定だし、何より都内の新築マンションがこの値段なら買うしかないだろう。
一部屋10,000,000円と聞くと高いか安いかの相場はよくわからないが、そんな俺でも、超高層マンションの一室がこの値段なら安いと言うことは容易にわかる。
さらに、50階建てのマンションの50階で10,000,000円ときた。何個も部屋があって、その一つ一つの部屋も相当広いし、これは買うしかないだろう。
「わ、わかりました……。ご購入なさるという方向で話を進めさせていただきます。契約をするにあたって必要なものですが、こちらをご覧ください。順序が逆になりましたが内覧はされますか?」
「内覧は大丈夫です。あ、一つだけいいですか? この訳あり物件というのはどういうことでしょうか? 人が死んだとか幽霊が出るとかそっち系ですか?」
俺は不動産屋の男が引き出しから取り出した一枚の紙を一瞥して全て記憶してから、一つ気になったことについて質問をした。
物件の情報が記載されている下の方に『訳あり物件』という赤文字があったのだ。
詳細については記載されておらず、あからさまな地雷感があり、怪しさが漂っていた。
「……田中様は一年前に都内の某超高層マンションで起きた殺人事件について覚えていらっしゃいますか?」
「いえ、初めて聞きました。説明をお願いしても?」
五年間も日本にいなかったのでそんな事件は全く知らない。
「2019年4月。このマンションに暮らしていた四人家族がたった一晩で殺害された悪夢のような事件が起こりました。犯人の男はすぐに逮捕されましたが、田中様がご購入を決断するまでの一年以上もの間、全く売れることはありませんでした」
「そんなことが……。買い手がつかなかったことの原因はそれだけですか?」
確かに、思わず同情してしまうような殺人事件だが、金持ちはそれすらも帳消しにしてこのマンションを買いそうだがな。
自分が住まずに転貸すれば結構な額が稼げそうなものだ。
「実は……」
「……はい……実は……?」
不動産屋の男はテーブルに両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるようなポーズをした。
濃いスモークが入ったサングラスのようなメガネをキラリと光らせながら、神妙な面持ちを浮かべている。
これは相当な事故物件に違いない……!
「実は……特に何も起きていないのです」
「へ? 特に何も……ですか?」
不動産屋の男があまりにも拍子抜けだことを言うものだから、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「ええ。本当に何もないんです。一応訳あり物件とは書いてありますけど、我々がどの時間のその部屋に訪れても、全く問題はありませんでした。なので、幽霊も出なければ、怪奇現象もなく、安価で安心して住むことができる物件ですね。お祓いも済ませてありますので、おそらく大丈夫かと思います」
不動産屋の男はパッと顔を上げると、なんでもないようにあっさりと言った。
最後には「田中様は運が良かったですよ」とまで言っている始末だ。
そもそも、俺は魔法がなかったらこんなところに住もうなんて思ってないからな……。
明らかに怪しいし、何より怖い。絶対に普通のマンションとは呼べないしな。
「……そうなんですか。では、いつから住むことができそうですか?」
「これらの資料に書いてある全ての過程を終えてから一週間後になります。その間に再度こちらでお部屋のクリーニングをさせていただきますので、気を長くしてお待ちいただけたら幸いです。尚、引っ越しにつきましては、我々が委託している業者がおりますので、そちらに任せていただけると嬉しいです。今回は物件も物件ですので、費用は我々が負担しますね」
不動産屋の男は適度に息継ぎを挟みながらゆっくりと説明口調で話していった。
何やら難しそうな事が書き連ねられている紙を見ているが、俺にはよくわからなかった。
「わかりました。引っ越しは持っていく荷物がほとんどないので大丈夫です。今日中に振り込むので、今契約を済ませることは可能ですか?」
「はい。大丈夫ですよ。そうと決まれば、まずはこちらから——」
俺は本当はすぐにでも引っ越しをしたかったが、最低でも一週間は待つ必要がありそうだ。
とりあえず、今日は振り込みと契約を済ませるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。