第21話 実に一週間ぶり

「——ふーん。だから、あの時美麗さんが電話に出たのね。ずっと気になっていたのよ。誰かさんが一週間も音沙汰なかったから……ね?」

 

 西園寺さんはジト目で俺のことを見ていた。

 どうやら全く連絡を取らなかったことについてお冠らしい。


「悪い悪い。少しやることがあって中々連絡できなかったんだ。その代わりと言ってはなんだが原稿を仕上げてきたぞ。細かいミスをこの一週間で全て修正したんだ。どうだ?」


 俺はデータを保存しているUSBメモリを西園寺さんに手渡した。


 斎藤母娘との邂逅から一週間。

 久しぶりに西園寺さんのもとを訪ねていた俺は、完璧に仕上げた原稿の受け渡しと、一週間前にかけた電話についての説明をしていた。

 尚、生々しい話になってしまうので1,000,000円を譲渡した件については伏せている。


「もうあなたの作業速度には驚かないわ……。あら、女性キャラについては加えない方向になったの?」


 早速修正を終えた原稿を覗き込んだ西園寺さんは、すぐに異変に気がついて俺に聞いてきた。


「ああ。女性キャラを一人でも加えるとストーリーのテンポが悪くなるんだ。今のラノベはお色気パートだったり、二人の親密な会話だったりを入れないといけないだろ? あまり本筋から脱線はしたくないから、基本的には女性キャラは出てこないほうがいいしな」


 俺がそんな経験をしていないから書けなかったというのも真実の一つだが、そこはあえて触れないでおく。


「そう……ね。この作品はガチガチのダークファンタジーって感じではないけど、やっぱりこういったストーリー構成には女性キャラは必要ないわね。いいわ。これでいきましょう。早急に作業に取り掛かる予定だけど、何か聞きたいこととかあるかしら?」


 西園寺さんはソファの肘掛けに体重を預けると、少し考えるような素振りを見せたが、特に異論はないらしい。

 やはりこのストーリーに主人公である俺から程近い立ち位置に女性キャラを置くのは最善ではないと考えたのだろう。

 よく読み込んでくれているので、ありがたい限りだ。


「あ、そういえばイラストレーターについて、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」


 俺は懐から取り出したメモ帳を何やら熱心に凝視している西園寺さんに声をかけた。

 スケジュールの確認でもしているのだろうか。


「何かしら? 通常は私たち編集者が作品の画風に合わせたイラストレーターさんを選ぶのだけれど、何か気になることでもあったかしら?」


 イラストレーターの起用方法については全く知らなかったが、その前提を覆しても特に問題はないだろう。


「ああ。実は俺の知り合いを起用したいんだが……それは可能か?」


 俺はここで初めて千春ちゃんのことについて触れることにした。

 実は西園寺さんには美麗さんのことについては説明をしたが、その娘である千春ちゃんのことについてはあまり深く説明をしていなかったのだ。


「田中さんの知り合い……? 多少のネームバリューと経験がある人を私は見繕うつもりだったけど、田中さんがその人がいいって言うなら別に構わないわ。ただし、幼稚園児が描いたような絵だったらダメよ? 先にその人の絵を私に見せてちょうだい」


 西園寺さんはやや浅くソファに腰をかけなおすと、見定めるような目で俺のことを見てきた。

 やはり本をしっかりと商品として売り出すということもあって、そこら辺は厳しいらしい。

 ラノベというのはイラストも大事になるからだろう。


「ほら、これだ。で俺の顔を描いてくれたんだ。ちなみに所用時間はほんの数分。どうだ? かなり上手いだろう?」


 俺は無限の収納があるカバンの中から一枚の紙を取り出した。

 そのついでに鉛筆のみだということを強調して、より凄さを強調していく。

 まだ千春ちゃんが描いた絵ということは秘密だ。


「……上手いわね……色の明暗とパーツごとに指先の力だけで細かく調節した強弱はもちろんだけど、見たところ一発描きでしょ? まさかかなり有名な方だったりするの……?」


 西園寺さんは俺の顔を凝視していた。

 俺の顔と言っても絵の中の俺の顔だが、そんなに見られるとなぜか少し恥ずかしくなる。


「ふふふ……よくぞ聞いてくれた」


「なんでそんなに魔王みたいな口調なのよ……」


 西園寺さんの的外れなツッコミはさておき、俺は無視して話を続けることにした。

 本当の魔王はそんな話し方ではなかったからな。


「この絵を描いたのは斎藤美麗さんの実の娘である斎藤千春ちゃんだ!」


「ふーん……そうだったのね。まあ、美麗さんは昔から絵が好きだったしね。その影響を受けたのかしら」


 西園寺さんは至極突然と言ったような反応だった。

 はなから知っていたとでも言いたげな表情だ。


「あれ? 驚かないのか?」


「だって母親の影響は娘が一番受けるでしょ? 絵を好きになるのも不思議ではないわね」


「……そうだな」


 もう少し驚くと思っていたので若干残念な気持ちになったが、まあ結果良ければ全て良しだ。

 話はうまく進んでいきそうなので、この恥ずかしい思いの全てを忘れるとしよう。


「なによ? 不満そうね?」


「なんでもない。それで……千春ちゃんで大丈夫か?」


「全く問題ないわね。作家もイラストレーターも新人で出版することなんて中々ないけど、私が全力で宣伝して売れっ子にするから安心してね」


 俺が目を細めて最終確認をすると、西園寺さんはあっさりとゴーサインを出した。


「今更だが、西園寺さんって結構偉かったりするのか?」


 全力で宣伝するにしても限度がありそうなものだが、新人二人を売れっ子にするなんて結構な権力が必要になりそうだ。


「一応副編集長だし、ある程度の融通は効くわよ?」


「……お偉いさんだったんですか。というか、編集長の姿がずっと見えないけど、いないのか? できるなら挨拶くらいしておきたいんだが……」


 俺はついつい敬語になっていた。

 副編集長と言うと上から二番目ということになるのだろうか。

 ここの社員数と編成、役職の割り当てについては詳しく分からないが、西園寺さんが偉い人だということは確かだろう。


「今更敬語なんていいわよ。それと、編集長に関してはあまり触れないでほしいわね。少し問題があるのよ。というか、私が売れっ子を個人の力で輩出すれば会社の中での地位が上がるしね。お互いに協力しあっていきましょう?」


 西園寺さんはテーブルに置かれたコーヒー入りのカップに口をつけると、妖艶な笑みを見せた。

 本人がそう言うのなら気にする必要はなさそうだ。所謂ウィンウィンの関係というやつになるのだろう。


「わかった。俺はそろそろ帰るよ。契約やらなんやらの話はよく分からないから今度適当に話をしてくれ。またな」


 俺は部屋を後にしていつものごとくエレベーターへと向かった。


 本当はもっと聞きたいことがあった。

 例えば、妹さんのこととか……。

 株式会社ドローライトはまだまだ年月の浅い企業とはいえ、出版社としてはかなりの規模のものになっているはずだ。そこの副編集長となるとそこそこの給料があるだろう。なのに、どうして妹さんの学費に困っていたのだろうか。


「……また今度だな」


 俺はエレベーターで下に降りる間に色々と考えていたが、今それを直接聞くのは野暮ってものだろう。

 取り敢えず今は自分のことを優先しよう。


 そうだな……まずは引越しでもしようか。

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