第19話 千春ちゃんを誘え
「お、お、お!? 俺のものって!? ど、どどどどういうことですか!?」
彼女は勢いよくテーブルを両の手のひらで叩くと、勢いそのままに身を乗り出して声を荒げた。
「少し語弊があったね。報酬は払うから俺の仕事を手伝わないか? そういう提案だよ。実は俺は近々小説を出すことになってね。そのイラストを君にお願いしたいんだ」
俺は話しながらも、左手の中指と親指を使ってバレないように膝の上で指を鳴らす。
周囲の視線が気になったので、俺らが座っている席の周りに薄い魔力の膜を貼ることにしたのだ。
これで俺たちの会話は聞こえにくくなるはずだ。
完全に聞こえないと怪しいので、あえてその程度の魔力の膜にとどめているのだ。
「イラスト……ですか?」
「ああ。これが原稿だ。既に出版することはほとんど決まっているようなものだから、後は細かいチェックとイラストレーターの選択だけなんだ。どうかな? 売れても売れなくても、これくらいの額は出すよ」
俺は彼女が描いてくれた俺の似顔絵の横に具体的な額を書いた。
ラノベの流行を考えると売れないということはないだろう。
ありふれた作品ではあるが、この原稿はプロ顔負け、いや、プロの中でもトップに君臨するくらいの文才があると自信を持って言える。
一週間も粘った甲斐があった。俺は普通に描けば、高校二年生程度の文章しか描けないが、頑張ればこんなことだってできるのだ。
魔法と強靭な肉体に感謝しないとな。
「え、えぇ!? ひゃ、ひゃ……こんなに……?」
彼女はその場に飛び上がる勢いで驚いていた。
イチにゼロが六つついたくらいの額なので当然だ。
「……どうかな? 嫌なら断ってくれて構わない。こんな美味しい話は怪しさしかないだろうからね」
「いえ! やります! わたしには後が残されていないのでやってみます! それに田中さんは悪い人って感じはしないので、大丈夫だと思います!」
「わかった。それで、絵を描く環境は大丈夫かな?」
一つ心配だったのは、絵を描く環境が整っているかどうかだ。
どういう道具が必要でどういう手順で描くのかは知らないが、小説のように気軽にスマホでぽちぽちやるわけでも無さそうなので、それなりの道具が必要だろう。
「はい! ただ……お母さんの許可をもらえるかどうか……」
「俺が説得しよう。今から会えたりするかな?」
株式会社ドローライトの名前と西園寺さんのことを話せば、なんとかなるだろう。
俺は無名なので名のある者の威を借りるのだ。
そもそもこの様子だと、自分が夜職に就くこと自体、母親には相談していなさそうだな。
言葉を選んで会話する必要がありそうだ。
「は、はい。今日は珍しくお休みなので家にいると思います……。本当に田中さんに任せてもいいんですか……?」
彼女は少し不安そうだったが、おそらく大丈夫だ。
根拠はないがそんな気がする。
異世界生活五年間で培った鋭い俺の直感がそう言っているのだから、きっと正しいはずだ。
「ああ。早速向かおう。案内を頼む」
「はい! それと君じゃなくて、千春って呼んでください!」
「わかったよ。千春ちゃん」
俺は席を立ってレジへ向かった。
話を進めた俺が言うのもなんだが、かなり展開が早い気がする。
まあ、相手の許諾を得た上でやっている行いなので、あまり深く気にする必要はないだろう。
「はい!」
千春ちゃんはぱぱっと会計を済ませた俺の後ろから、綺麗な黒髪を揺らしながらついてきた。
俺はそんな姿を見ながら、こっそりと西園寺さんに連絡を入れた。
『後で電話をかけます』その一言だけだ。
奥の手でありトドメの一撃である技、西園寺さん召喚だ。
やり手のあの人ならねじ曲がっておかしくなった状況でも打開してくれると信じている。
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