第18話 お前は俺のものだ
「ふぅ……ごちそうさまでした! 田中さん!」
「満足してくれたみたいで何よりだ」
食事という名の夕方のスイーツタイムが終わると、彼女はニンマリと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
先ほどの悲壮感漂う暗い話を少しでも忘れられたならそれでいい。
「じゃあ帰りましょうか……って……私、田中さんにお礼をするつもりで来たのに、何もできていませんね……」
「いいんだ。それより、もう少し時間はあるかな? よければ、雑談でもしないか?」
俺は食器を片付けに来た店員さんに軽く礼をしてから話を振った。
ここからが本題だ。俺は彼女に適性があれば、頼みたい仕事があるのだ。
そのために食事も奢る気でいるし、ここまで会話を続けてきた。
「はい! 喜んで! 来月まではやることはありませんから……」
彼女は儚げな笑みを浮かべていた。
来月までやることはないとは、今日付けで退学し、来月から仕事、ということだろうか。
それならすぐに話を持ちかけた方がよさそうだな。
「君は絵を描くのは好きかな?」
俺は彼女の指や手首を見ながら言った。
「は、はい! どうしてわかるんですか?」
「その指と手首だよ。ペンダコがあるし、少し黒く汚れているだろう?」
指にはペンを握りすぎることによって現れる——ペンダコがあり、手首や小指の外側には、何かに擦れたかのような濃い黒色が見えた。
勉強熱心なことからペンダコができることもあるが、切羽詰まった状況にいる彼女が勉強をするとは思えなかった。
まあ、着ている制服がそれほど偏差値の高い高校ではないというのが最大のヒントであり答えだったが、そこは伏せておくとしよう。
「……確かに私は幼稚園の頃から絵を描くのが大好きです。田中さんもお好きなんですか?」
悲観的な表情だった。
まるで夢を諦めた少女のようにも見えた。
「いや、俺は絵はあまり得意ではないよ。ただ、その絵を上手く活用することは可能だね」
俺はセットでついてきた紅茶を啜ってから言った。
話をしているうちに冷めてしまっているが、このくらいが丁度良い。
この世界ではぬるま湯な人生を過ごしたいからな。
「活用……ですか? 私の絵が役に立つんですか?」
「そうだね。ちなみにだけど、今、この紙に絵を描くことはできるかな? そうだな……俺の似顔絵でも描いてもらおうか。鉛筆も用意しておこう。どうかな?」
俺は疑心暗鬼で不安げな表情をしている彼女の目の前に、一枚のA4サイズの白い紙と2Bの鉛筆を置いた。
偉そうな言い方になってしまったが、この提案を飲んでうまく仕上げることができれば、「高校なんか辞めても大丈夫だった」と胸を張れる日が来るはずだ。
「は、はい。いいですけど……」
「ゆっくりと描いてくれて構わないよ」
彼女はオレンジジュースが注がれたコップに口をつけると、慣れた様子でサラサラと鉛筆を動かしていった。
一切の迷いが見られないその筆捌きは、何年も絵を描いていないとできないことだと素人の俺にも理解することができた。
まるで本物のイラストレーターが絵を描く風景でも見ているようだった。
「できました……どうですか? 田中さんは金髪でツンツンとした髪型なので、躍動感を意識してみたんですが……」
「すごいな」
俺の口からは自然とその言葉が漏れていた。
まず、日本人には珍しい金髪で外国人のような髪型をしている俺の髪型をしっかりと表現していた。
そして、目と眉の近さや鼻の小ささなどの特徴を捉えた顔つきは、とてもこの短時間で描いたものとは思えないものだった。
最後に、自分は絵が上手いということを自覚していないのも良い点だ。
自尊心に溺れてはいなさそうなので、かなり仕事ができそうな予感がする。
「あ、ありがとうございます! でも、どうしていきなり似顔絵なんて描かせたんですか?」
「答えを急かすなら、単刀直入に言うよ。斎藤千春さん。俺のものにならないか?」
俺はしっかりと目を見つめて真剣な口調でそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。