第17話 女子高生の正体と涙

「——で、何の用かな? お礼なら別に大丈夫だよ?」


 マグナルドで話しかけられた時からわかってはいたが、今目の前にいるこの子は、一週間前に交差点で危なかったところを助けたあの時の子だ。

 三秒くらいしか顔を合わせていなかったはずだが、よく俺のことを覚えていたな。


「いえ、そういうわけにはいきません! お兄さんがいなければ、私は今頃この世にいませんから!」


 バンっとテーブルを叩いた勢いそのままに、感情を込めた言葉をぶつけてきた。


「もう少し声を抑えてほしいかな。マグナルドとは違って、ここは普通のカフェだからさ」


「ご、ごめんなさい……気をつけます……」


 周囲の視線を浴びた女子高生は、途端にシュンとし始めた。

 結構素直で聞き分けのいい性格らしい。

 セーラー服も着崩していないし、化粧も薄めだ。

 決められたルールはしっかりと守るタイプだな。

 少し鈍い一面もありそうだが、要領も悪くなく仕事もうまくできそうだ。


「……そもそも、君は女子高生だよね? 俺は二十五歳のアラサーだし、こうやって食事をしているだけでもあまり良くないんだよね」


 俺は水が注がれたコップに口をつけてから、目の前に座る女子高生に向かって言った。

 五年前から法律が変わっていないのなら、今俺がしている行為はあまり宜しいことではないだろう。

 成人男性が、易々と未成年、それも女子高生と共に同じ時間を過ごしてはいけないのだ。


「それは大丈夫です! 私は今日限りで高校を辞めましたから」


「辞めたのか? またどうして?」


 俺は気になったので素直に聞いた。

 首を突っ込んでもいいのかということも考えたが、こんな真面目で人当たりもいい子が高校を辞めた理由が気になってしまった。


「……このニュース……知ってますか?」


 女子高生は悲しげな表情でスマホを両手で素早く弄ると、俺に向けて無機質な文字が並べられた画面を見せてきた。


「ああ……よく知ってるよ。近所で起きたっていう銀行強盗だろ?」


 そこに書かれていたのは、俺がよく知るニュースの一面だった。

 俺がたまたま居合わせた際に、魔法を用いて事件を収束させた銀行強盗事件だ。

 今となっては西園寺さんに出会えたいい思い出になったが、あの場に居合わせた一般人は肝を冷やしただろうな。


「はい……この事件の犯人の名前知ってますか?」


 女子高生はスマホの左下の辺りを指差した。

 そこには記事を書いた記者の名前と二人の犯人の名前が記されていた。


「……これか? 斎藤正三さいとうしょうぞうってあるが、君と何か繋がりでもあるのか?」


 斎藤正三……あの時の二人組のどちらなのかは俺にはわからないが、彼女の顔を見る限り何か関係がありそうだな。


「……私の……父です」


 女子高生は足先にある重い鉄球を上に持ち上げるような言い方をした。


「君の父親だったのか……それはまた災難だったね。だから高校を辞めたってこと?」


 俺はあまり同情することができなかったので、少し冷たい受け答えをしてしまった。


「はい。アルコールとタバコ、ギャンブルに依存していた父が逮捕されたことで、残された母と私の暮らしは落ち着いたものになりました。しかし、高校の学費や人間関係で苦労してしまって……その……もう辛くなっちゃって……」


 女子高生は酷くやつれた表情で涙を流していた。

 高校でイジメでもあったのか、それとも精神的に過ごしにくくなってしまったのか、何にせよ、父親の逮捕は不幸な事態に変わりはない。


「……それで、君はどうするんだ? 余裕があるならゆっくりと休むといいけど、話を聞く限りそんな余裕もないのだろう?」


 これはあくまで俺の予想になるが、おそらく彼女の家はあまり良い状況ではないのだろう。

 稼ぎ頭の父親が様々な依存症を併発して大事件を起こし、母は娘の面倒を見ながら仕事に明け暮れる日々、周りからの目や当たりの強さを気にしてしまった娘の精神は崩壊し、やがて家庭は貧しくなる。


 俺がもし現実でこんなことが起きたら、学校に行くどころか、家からも出たくなくなるだろう。

 この子が何歳かは知らないが、よくもまあ一週間も高校に通ったものだ。


「……はい……このままだと普通に暮らしていくことすら困難なので、私は母のために仕事を始めます」


 女子高生は胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。

 それは覚悟の現れか、はたまた恐怖か、選択肢が残されていない今の状況を打開するにはそれしかないのだろう。


「仕事ねぇ……多分だけど、君がやろうとしているのは夜職だよね?」


「……」


 俺の質問に女子高生は無言で頷いた。

 風俗と言っても様々な種類があるので一概には言えないが、かなり辛い仕事なのは確かだろうな。


「そうか……」


「……ごめんなさい。こんな暗い話……聞きたくなかったですよね……ははは……は……」


 端的に返事をした俺に向かって、女子高生は無理やり苦しそうに笑みを作っていた。


 すると、良いのか悪いのかわからないが、このタイミングで注文していたパンケーキが二皿届いた。


「いや、いい。冷めてしまう前にパンケーキを食べよう。俺の奢りだ。そのかわり、君の名前を聞いてもいいかな?」


 俺はナイフとフォークを手に取って、柔らかなパンケーキをゆっくりと切りながら、女子高生に名前を聞いた。


「……私の名前は斎藤千春さいとうちはるです。あなたは?」


「俺は田中ニール。適当に呼んでくれ」


 俺はふんわりとした食感が食べる前から伝わってくるような柔らかなパンケーキを口に運んだ。

 同時に目の前の女子高生——斎藤千春を見て、一つの考えと提案が思い浮かんだのだった。

 食後にでも話してみるか。

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