第16話 キラーフレーズJK
「——すごい! 凄すぎるわ! たった一週間で仕上げたっていうこともそうだけど、ちゃんと小説として成立させられていることが規格外よ……。田中さん、あなた本当に小説を描くのは初めて……?」
翌日。俺は西園寺さんが務める大手出版社——株式会社ドローライトに赴いていた。
八時間を超える長期睡眠を取ったことで、今の俺は完全に意識が覚醒していた。
例え、心底驚いたような表情と口調の西園寺さんに対しても、特に何でもない風に装うことができる。
「初めてだよ。それで、どう? そこそこよくできたと思うんだけど……」
俺は昨日までのハードスケジュールを懐かしむように、ソファに深く腰をかけた。
「面白いわ! キャラクターにも特徴があるし、何よりその世界にいるようなリアリティを感じるわね! こういう”異世界ファンタジー”の世界において、リアリティを感じるっていうのはすごいことなのよ」
西園寺さんは「特にここ!」と言いながら、俺にその一節を見せてきた。
場所何もない平原。そこで行われたのは、一巻を締め括るに相応しい、魔王軍幹部の一人と一騎打ちをするシーンだ。
結果は勝利に終わるが、戦闘が終了するとともに俺は意識を失ってしまう。その後、たまたまその道を通りがかった商人が俺のことを他国に連れて行って——物語は次回へと続く。
「そこは苦労したんだ。何度も死にかけたよ」
血反吐を吐き、全身の骨が折れ、魔力が枯渇し、剣も失ったので、文字通り絶体絶命のピンチだった。
最後は残された僅かな魔力を込めた拳で勝利を収めた。
そもそも最初の街を出たばかりの俺が、勇者だからと言っていきなり魔王軍幹部と一騎討ちなんておかしな話だ。
あのクソ国王が「成長のためだ」とか言って無理やり行かせたせいだ。
服従の首輪さえなければ、俺はとっくに自殺か隠居をしていたのにな。
「死にかけた……って、まあ、一週間で描いているなら当然よね……」
西園寺さんは頬をひくつかせながら言った。
若干引き気味のようだ。
「まあ、そうだな」
俺の死にかけた発言を西園寺さんは別の受け取り方をしたので、俺もそれに乗じることにした。
「うーん……」
西園寺さんは少しだけ悩ましげな声を出した。
ここまで大絶賛していたというのに、一体どうしたのだろうか?
「なんかダメなところがあったか?」
キャラクターの個性もあるし、敵もしっかりと際立っている。少し勇者補正があって成長が早かったが、日本にあるファンタジー小説よりはかなり弱いだろう。
魔法もゼロから習ったし、剣術や体術の訓練も死ぬ手前までやらされた。
特に悪い点はないと思うのだが……まあ、第三者から客観的に見ると、また変わって見えるしな。
取り敢えず話を聞いてみるとしよう。
「……女性キャラが少なすぎない?」
西園寺さんはおずおずと言った。
青天の霹靂だった。
◇
「女性キャラが少ないって言われてもなぁ……」
俺はマグナルドの角の席で、ポテトをつまみながら西園寺さんに言われた言葉について考えていた。
話によると、昨今のラノベは女性キャラが多いほうが売り上げが伸びるらしい。というもの、異世界ファンタジーを題材にした小説の読者層が、中高生から二十代後半までの世代が多いからだという。
俺が描いたのも所謂テンプレものに該当するらしいのだが、文の力や描写が頭ひとつ抜けているので、売り出すのに苦労はしないとのこと。
それ以上を目指すのなら女性キャラを増やす方がいいらしい。
「断るか」
マグナルドに来てから三十分。ポテトのLサイズ一つだけで席を確保して、じっくりと思考した結果、俺はその案を断ることにした。
あの小説は周りから見ればフィクションだが、俺からすれば紛れもない現実——ノンフィクションだからだ。
無理に女性キャラを全面に押し出すのは少し、いや、かなり嫌だった。
五年間の自分を否定しているように感じてしまうからだ。
「……まあいっか」
仕事さえ見つかれば、この際売り上げ云々はどうでもいい。金なら別の方法で稼ぐこともできるしな。
俺としては今の何のお色気もない異世界ファンタジー小説として売り出しても特に問題はないのだ。
「——あの!」
「帰るか」
俺は席を立って、カバンにノートパソコンをしまいこんだ。
近くに女子高生がやってきたが、おそらく席が欲しかったのだろう。
この時間は学生の下校時刻と被っているしな。
「あの! すみません!」
「んぁ? 席なら空いたんで、座って良いですよ」
俺は目の前で上目遣いで見てくる女子高生に席を譲った。
テーブルも小さく、一人しか座れないような小さな角席だが、見たところこの子も一人で来ているっぽいので平気だろう。
「そ、そうじゃなくて! この前はありがとうございました! 私、あんなことになるの初めてだったのに、優しく抱きかかえてくれて! 本気で死ぬかと思ったのに、今生きていられるのはお兄さんのおかげです!」
女子高生は全席満席状態の店内にすら響き渡る声で訳のわからないことを言うと、胸元で手提げのバッグを抱きながら深く頭を下げた。
これはまずい……。なにがまずいって、色々と誤解されかねない発言だぞ……。
「……場所を変えましょう」
初めて、優しく、抱く、この三つはキラーフレーズだ。
公衆の面前で女子高生が、俺みたいなごく普通の一般男性に向けていい言葉ではない。
その証拠に、周囲からは犯罪者に向けるような鋭い視線を感じる。
くそ……俺はただポテトを食ってただけなのに……!
「え! ええ……私は別にここでも——」
「——こっちがダメなんです」
俺は何が何だかわかっていない様子の女子高生を置いて外へ出た。
よくわからないが、話は別の場所だ。
誤解を晴らすのは無理そうだし、ここは逃げるしかないのだ。
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