第11話 西園寺愛梨との出会い
「——終わりましたよ」
「……えっ! は、早くない!? また二十分も経ってないけど……」
無事、バーに帰ってきた俺が席で待っていた女性の隣の席に座ると、女性は驚きの声を上げて残念そうな顔をしていた。
こんなに早く帰ってきたせいで、俺が役目を全うできなかったと勘違いしているのだろう。
「はい。案外あっけなく終わりました。すみません、適当なカクテルお願いします」
俺は軽く嘆息してからマスターに声をかけた。
相変わらず客がいないので、どうも気が抜けてしまっていた。
「あ、私も……って! そうじゃなくて! お金は……大丈夫、でしたか?」
女性は敬語が抜けていたことに気が付いたのか、取ってつけたように申し訳なさそうに語尾だけ敬語にした。
「ああ、敬語じゃなくても良いですよ。話しにくそうですし」
「それなら互いに敬語はやめない? あなたも話しにくいでしょう?」
俺はそこらの日本人よりも敬語が話しにくい。
異世界は日本よりも所作やマナー、モラルがないので、敬語を使うのは階級が高い者か、接客業をしてちる綺麗なお姉さんくるいなものだったからな。
「わかった。それでお金は無事に回収できたから受け取ってくれ。きっかり1,000,000円だ」
俺はカバンの中でマジックボックスを展開して、その中から競馬で稼いだ1,000,000円を取り出し、テーブルを滑らすようにして女性の目の前に置いた。
「え……すごい……でも、どうやって……?」
女性は震える手で札束を手に持つと、瞳を潤ませながら聞いてきた。
「内緒。それと妹さんは特に何もなかったみたいだから安心してくれ」
俺は言葉を言い終えると共に、マスターが作り終えたばかりのカクテルを少しだけ口にして口の中を潤した。
「え、ええ。さっき電話したけど普通だったわ……それにしても……あなた何者……?」
女性は俺に対して少し疑わしい視線を俺に向けてきた。
あまり期待はしていなかったというのに、あっさりと1,000,000円が返ってきて驚いているのだろう。
「随分な言い草だな。没収してもいいの?」
「ご、ごめんなさい。あっ、何かお礼をしないと……。でも、私にできることなんて……」
俺が冗談で札束に手を伸ばすと、女性はハッと何かに気がついたように謝罪の言葉を口にした。
いきなりの出来事に頭が混乱しているのか、いまいち自分の言いたいことがまとまっていないように思える。
「ちなみにだけど……俺にお仕事の紹介とかできたりする?」
俺はチャンスだと思い、食い気味に聞いた。
「……好き嫌いが分かれるけど一応できるわよ」
女性は小皿に盛られたカシューナッツを一つ齧ると、札束をしまって俺のことを見た。
「ぜひ紹介してください!」
俺は席を立って深く頭を下げた。
確かに仕事に好き嫌いはあるが、今はそんなこと言っている場合ではないので話の流れに任せるとしよう。
何せこんなチャンスはそうそうない。
ハローワークでさえ断られた無知な人間だからな。
コネは最大限活かすに越したことはないのだ。
「え、ええ。いつなら空いてるかしら?」
女性は懐からメモ用紙とボールペンを取り出した。
「いつでも空いてるよ。無職だからね」
基本的に俺はいつでもフリーだ。
週に一度の睡眠で事足りるので、時間はいくらでもあるのだ。
「……じゃあ、明日の昼頃にここに来れる? そこで詳しく説明するわ。安定はしない仕事だけどそれでもいいかしら?」
女性は一枚だけ切り離したメモ用紙に何かを書くと、それを俺に手渡してきた。
「わかった。働ければなんでもいいんで、お願いします!」
俺は再び頭を下げた。
変な態度を見せて見限られたら元も子もないので、今の自分ができる最大限のアプローチを仕掛けていく。
「わかったわ。今日は本当にありがとう。私には大したことはできないけど、いつでも助けになるから……それと、名前を教えてもらっても良いかしら?」
女性はそんな俺の姿を優しい目で見下ろすと、今更ながら名前を尋ねてきた。
互いに今日限りの関係だと考えていたので、名前は聞いていなかったのだ。
「田中ニール、二十五歳、独身です。見ての通りハーフだけど、外国語は一切喋れない」
俺は帰ろうとしている女性を待たせるのもなんなので、無駄を省いた自己紹介をした。
これで俺の情報はほとんど伝わるはずだ。
「ふふっ……そう。私は
女性——西園寺さんは一括りに結われた長い茶髪を揺らしながら店から出て行った。
「俺も帰るか」
俺はここにいても特にやることはないので、家に帰ることにした。
マスターにお金を払おうとしたが、既に西園寺さんが俺が少し前に渡していた10,000円で会計を済ませていたらしく、首を横に振って断られた。
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