第12話 小説家になろう!!
次の日の昼過ぎ。
俺は待ち合わせ場所として指定された、とあるビルの前にやってきていた。
中々の都会なので少し萎縮してしまうが、得意のポーカーフェイスと強心臓でどうにかやり過ごそうと試みる。
「西園寺さん……西園寺さん……あ、いた」
俺は人混みの中から茶髪でポニーテールの女性を探す。
まあ、気配を探れば一発なんだが、そこは気分だ。
久しぶりに普通の人間との待ち合わせをするので、どうせなら俺も人間らしくやってみたのだ。
「こんにちは、西園寺さん。待たせちゃったかな?」
俺は真剣に立ちながらスマホを操作している西園寺さんに声をかけた。
「こんにちは、田中さん。ううん、全然大丈夫よ。私も今来たところだから」
西園寺さんはスマホを小さなショルダーバッグの中に入れると、
言葉だけを見ると、デート前の待ち合わせのような雰囲気だが、お互いにかっちりとした黒スーツを着ているので、全くそんなことはなかった。
「そっか。それで……仕事の話を早速……」
「ふふっ、わかったわ。それなら、すぐに場所を移しましょうか。ついてきて」
挨拶も早々に俺が仕事の話を急かすと、西園寺さんは小さく笑った後に俺を置いて歩き始めた。
西園寺さんが向かった先は——。
「——え?」
待ち合わせの目印としてメモ用紙に記されていた巨大なビルの中だった。
西園寺さんは慣れた足取りで自動ドアを潜って中に入っていく。
「どうしたの? まだ何かあった?」
「あっ」
西園寺さんがわざわざ振り向いて俺のことを心配してくれていたので、俺は迷惑をかけまいと小走りで西園寺さんに追いついた。
というか凄い失礼だが、都心にあるこんな巨大なビルの中の会社だなんて思わなかったな。
俺は一体どんな仕事を紹介されるんだろうか。
アウトローな仕事だったりはしないよな……?
○
「——お茶をどうぞ……もっと楽にして良いのよ?」
「……どうも……でも、こういうところは少し慣れていなくて」
俺は西園寺さんが出してくれた冷えた麦茶を飲んで喉を潤すとともに、キョロキョロと視線を動かして辺りを見回した。
高そうな観葉植物に隅々まで清掃が行き届いた清潔な空間。俺が今座っているソファは、学校の校長室にあるソファよりも遥かに柔らかいものだ。つまり高級品ということだ。
この客室らしき部屋に来るまで長い廊下を歩いてきたが、まさかこれほどの規模だとは思わなかった。
「ふふっ……それと、これは資料ね。これから説明するから、ざっと目を通しておいてくれるとありがたいわ」
西園寺さんはそんな俺のことを見て軽く微笑んでから、俺の目の前に厚さ三センチほどの紙の束を置くと、テーブルにあったノートパソコンを開いて何やら操作を始めた。
「……」
その間、俺は受け取った資料を無言で斜め読みをした。
異世界で魔法や武術、剣術、他にも様々なことを多岐に渡って学んだ結果、俺の脳は通常の人間よりも異常なまでに発達してしまったのだ。
そのため、パラパラと適当に目を通すだけでおおよその概要が把握できるということだ。
他にも色々と現代に活用できるものも多くありそうだが、それはその時が来たら試すとしよう。
「……どうかしら? うちがどんな会社かわかった?」
西園寺さんはノートパソコンをぱたりと閉じると、俺が既に読み終えてテーブルに置いた資料を手に取った。
「ある程度はね。でも、まさか出版社だとは思わなかったよ」
ここは株式会社ドローライト。
2015年末に設立されたばかりのまだまだ新しい会社だった。
業績を見る限り、かなり成長が早いのか、あっという間に高層ビルにオフィスを構えるまでに成り上がっているようだ。
「そう? 自分で言うのもなんだけど、結構有名な会社だと思うけど?」
西園寺さんは得意げに言ったが、俺は2015年からつい先日まで日本にいなかったので、直近五年間に関する知識は赤子と同程度しかない。
「まあ、訳あって世間に疎いんだよね」
俺は適当に誤魔化した。
言っても信じてもらえないとは思うが、万が一がある。
異世界に召喚された件に関しては、なるべく口は謹んでおく。
「ふーん……それで、本題だけど……うちで小説家になってみない? センスにもよるけどお礼として精一杯サポートはするわよ?」
西園寺さんはそんな俺の言葉に対してあまり興味がなさそうな返事をすると、バンっとテーブルに資料を置いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。