第10話 ゴリラ男はあっけなく
「軽く肩がぶつかっただけで慰謝料を1,000,000円も請求するのが、本当に合法的だと思っているのか?」
俺はゴリラっぽい顔をした男を挑発するように伸びのある声で言った。
感情的なタイプは煽って煽って煽りまくれば大抵勝てるはずだ。
汚いやり方だが、これも戦法だ。
「仕方ねぇだろ! 俺のツレが痛めてたんだからよ!」
「普通に考えて大人の男性と華奢な女性の肩がぶつかっても、1,000,000円掛かるほどの怪我はしないぞ」
俺はため息混じりに言うとともに、店内にいる全ての人間の顔を一瞥した。
見たところこの店の連中は関わっていなさそうだな。全員が訳がわからないと言ったような様子だしな。
「っ! うるせぇ! 怪我したもんは仕方ねぇだろうがッ!」
ゴリラっぽい顔をした男……いや、こう呼ぶのすら煩わしいな。
ゴリラ男は大きく振りかぶった隙だらけのパンチを繰り出した。
「じゃあそいつを連れてこい。どんな男がどの程度の怪我を負って、治療にいくら必要だったのかが分かるデータと一緒にな」
俺は尚も挑発的な口調で言いながら、ゴリラ男の拳を難なく躱していく。
もしもこのゴリラ男が異世界にいたら、最初の街で油断してゴブリンに嬲り殺しにされているだろう。
その程度の強さだ。
「ぐぅッ! てめぇ……っ!」
ゴリラ男は何も言えなくなっていた。
普段からこういう横柄な性格と態度なのか、店の人間は皆目を逸らして助けようとしない。
面倒ごとに関わりたくないのか、それとも信頼されていないのか、真意ははっきりしないが良い方に転がってくれた。
「はぁぁ……そうやって女性も苦渋を飲んだんだよ。怖い顔に怖い見た目をした男に何をされるかわからないからな。わかったら、職場に押しかけてまで手に入れた1,000,000円を早く返せ」
俺はトドメとばかりに早口で捲し立てた。
ゴリラ男は俯いて拳を握っており、額には太い血管が走っている。
いまにも暴れ出しそうな雰囲気だ。
というか、絶対に暴れるだろう。
「うぉぉぉぉッッッ!! 死——グフッ……ッ……ァァ……」
案の定、ゴリラ男は側にあったボトルを持って俺に殴りかかってきたが、俺は難なく回避して腹に掌底を打ち込んだ。
同時にゴリラ男はくの字になってその場に大きな音を立てて倒れ込んだ。
「……バックメモリー」
俺はすぐにゴリラ男の頭に手を当てて、対象の記憶を探ることができる魔法を唱えた。
「……金は……もうないか」
婦女暴行、詐欺、傷害、リンチ、レイプ未遂。
様々な胸糞悪い記憶の中に女性を脅している記憶を一部始終発見することができた。
しかし、既に金は夜の店で働く名も知らぬ女に貢がれており、ゴリラ男の手元には一銭も残っていなかった。
「妹は無事だな」
一つ良かったことといえば、女性の妹には被害が全くなかったということだ。
ただの脅しとして言っていただけで、手を出してはいないらしい。
大方の記憶を探り終えた俺は、服についた酒の不快感を感じながらその場に立ち上がり、外へと続く扉へ向かった。
「あ、あの! あなたは……?」
「ああ、忘れていた」
帰る途中、俺のことを接客してくれた男が声をかけてきたことで、俺はあることを思い出した。
「はい……?」
「クリアメモリー……全員今のことは忘れろ」
俺は魔法で店内にいた全員の直近の記憶を消去すると同時に、指を鳴らして全員の意識を奪った。
危なかった。異世界だと別に問題を起こしても大事にはならないが、ここは日本だ。
喧嘩であれ人を殴っただけでも捕まってしまうので、今の現場を見ていた人々の記憶は消さなければならないのだ。
今後もこういうことがあったら逐一消す必要があるので、頭の片隅に留めておくとしよう。
幸い、この場には監視カメラがなかったので助かったな。とっととバーに帰って女性に金を渡すとしよう。
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