第9話 ホストクラブルーナティック
「——つまり、簡潔に言ってしまえば、悪い男に騙されてしまったということですね?」
俺はまったりとした雰囲気が漂う、バーのカウンター席で話を聞いていた。
幸い、俺たち以外に客はいなかったので、ゆっくりと話をすることができそうだ。
「はい。街中で少し肩がぶつかって、さっきの男のツレの若い男性が倒れてしまったんです。そしたら後日職場にやってきて、とんでもない額の慰謝料を請求されちゃって……」
女性は膝の上で拳を強く握っていた。
余程悔しいのだろう。表情や仕草からひしひしと伝わってくる。
時間も惜しいので互いに自己紹介はしていないが、これっきりの関係なので問題はないだろう。
「ふむ……断らなかったのですか?」
「最初は本当に痛そうにしていたので念のため名刺を渡したんです。何かあってからでは遅いですから。もしかしたら元々身体が弱い方なのかもしれませんしね」
肩がぶつかっただけでそんな金を請求するのか……。
まあ、それがやつの金稼ぎのやり方なのだろう。
にしてもわざわざ職場まで来るとは、相当手慣れている連中だろうな。
「そうですか。もう払ってしまったんですもんね?」
「……職場のみんなに迷惑をかけたくなくて……妹のために貯めていた大切な学費だったんですけど……もう……」
女性は涙すら出てこないくらいに悲しそうに言った。
ギリギリまで迷ったのだろう。職場の人間のことを考えて請求された金を払うか、妹の学費のことを考えて耐え忍ぶか、早いうちに警察に相談していれば何とかなったかもしれないが、迷惑をかけたくないという優しさが裏目に出てしまったようだ。
「妹さんがどうのって話は何か情報はありますか?」
「いえ、妹は家にいるはずです……でも、もしかしたら……」
女性は最悪の事態を想定しているらしい。
「……っ……ぷはぁ……わかりました。では、僕がお金と妹を取り戻しましょう」
俺はグラスに半分ほど残された酒を一気に煽り、席から立ち上がったが、人を数秒で殺してしまうほどの猛毒すら効かないほどの状態異常耐性が備わっているので、全く酔うことはない。
「……どうやって取り戻すんですか?」
女性は訝しげな目で俺のことを見ていたが、安心してほしい。
魔法を使えばどうにでもなる。
「彼らのいる店はご存知ですか?」
「え、ええ。カムイ町のホストクラブ——ルーネティックです。まさか……乗り込む気ですか?」
女性は懐から一枚の名刺を取り出すと、それを俺に渡してきた。
ギラギラとした装飾が施された名刺にはルーネティックの文字があった。
「だってさっきの男はそこのやつでしょう? ゴリラっぽい見た目でしたし、ホストではなさそうですが」
おそらく女性のことを脅していたのはルーネティックの用心棒か何かだろう。
ホストのような感じはしなかったしな。
「確かにそうですけど、かなり危険ですよ!? 私なんかのためにそこまでしなくても——」
「——気にしないでください。僕のエゴなんで。じゃ、行ってきます。すぐに終わるんで、待っててください」
俺はカバンから10,000円札を取り出してカウンターに置いて、すぐに店を後にした。
人助けをするのは久しぶりだな。
魔法を使うような事態にならなければいいけどな。
◇
「ホストクラブ、ルーネティック……ここだな」
紫色をした外見が特徴的な店の前にいた。
カムイ町のビルの一階に設けられたこの店からは、結構な金の匂いがする。
中にはゴリラのような男の気配もあるため、ここで間違い無いだろう。
俺は観音開きの扉をゆっくりと開き、堂々と店内に侵入した。
「いらっしゃいませ……あ、お客様。申し訳ありません。こちらは女性専用の——」
「——わかっている。ゴリラっぽい顔をした男に用があるんだが、通してもらってもいいか?」
ほっそりとした華奢な男が俺のことをおいかえそうとしたが、俺は強引に言葉を遮って店内を一望した。
端正な顔立ちをした男たちが様々な年代の女性を笑顔で接客していたが、その中には目的の男はいなかった。
まあ、当たり前か。今頃呑気に裏で寛いでいるんだろう。
「こ、困ります!」
「おお。そっちから現れてくれたか」
俺が無理やり店内に押し入ると、奥の扉からゴリラっぽい顔をした男がズンズンと歩いてきた。
「あぁん? てめぇ、誰だ?」
「さっきの女性のツレだよ。金を取り返して欲しいって言われたから取り返しに来たんだよ」
ゴリラっぽい顔をした男は鼻を広げて威嚇してきたが、俺は軽く受け流してすぐに本題に入った。
「あの女のボーイフレンドか? 生憎、あの金は合法的なもんだ。うちのキャストが肩を痛めちまってなぁ。わかったら帰りな! てめぇに渡す金なんてねぇからよ!」
ゴリラっぽい顔をした男は鼻息を荒げて俺の眼前まで接近してきた。
その大きな怒号は店内に響き渡り、接客していたホストやその客、バックヤードにいた者まで出てきてしまった。
全員が目の前の光景を目を点にして見つめている。
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