第31話 修羅場は気合いで乗り切ろう。

「………よし。行くぞ」


「ダーク様、あの、でも今夜ではなく後日の方がっ!

 私は今夜、家族に黙って抜け出して来たので些かですね、そのっ」


「いや、ちゃんと結婚を前提にお付き合いをお願いするなら早い方がいいと思う。

 ルイ・ボーゲンがリーシャに手を出して来たらと思うと耐えられない。日を改めて下手に婚約でもさせられたら目も当てられないだろうが」


「それは同感なんですが、ですがっ、あのっ」


「もう手遅れになる危険は冒したくない」



 10分以上も前から私は自宅の屋敷の門を入った前でダーク様と小声で小競り合いをしていた。




 想いが通じたのは良かった。


 ダーク様にも愛してると言ってもらえたのも幸せである。



 だけど、今夜、何の前触れもなく家族の前に結婚したい人を自分が連れて行くのはどうにも宜しくない。


 勝手に私がルイルイに惚れていると思い込んでるような親には青天の霹靂だろう。



 溺愛度MAXの危険な父様とかには、家にいた筈の娘が、日暮れから抜け出して男を連れて戻りました、その男が娘と結婚したいとか言い出しやがりました、という流れは確実にエネミー認定される。


 「昼間でもいつ襲われてもおかしくない天使のような愛らしいうちの娘を夜に呼び出すとか何してくれんの死にたいのキミ」と激怒する可能性もある。

 いや、ダーク様が呼び出した訳ではないのだけど。



 ここは一つ、吉日に明るい日差しの元、少しでも和やかに話し合いをするのが望ましいと私は思う。切に願う。



 けれど、



「今まで気づかなかったのだが、俺は嫉妬心と独占欲が非常に強いのだと思う。

 あんなイケメンをリーシャの半径五メートル以内に存在させるとかもう絶対に無理だ。いやご家族以外の男は全部近寄るのも精神が削られるほど苦痛だ」


 とダーク様にいわれてしまうと、惚れた弱みと言うか、まあ嬉しい訳で。


 どうしたらいいのか自分でもよく分からなくなって来た時に、何故か屋敷の扉が内側から開いた。そっと顔を覗かせたのは、


「リーシャお嬢様………?」


 ルーシーだった。あれから即座に帰ってきたみたいだった。


「ルーシー………」


 ホッとして走り寄った。


「お帰りなさいませ。実は少々問題が。旦那様方に出掛けてるのがバレました」


「ひっっ………なな、なんで………」


「婚約の話をしにルイ・ボーゲン様がいらしたからです。部屋に呼びに来られたらフラン様でもいかんともし難い状況で発覚しました。

 不在が分かった途端に、即座に街に捜索隊をなどという話が出て、大変カオスな展開なう、でございます」


「………………」


 土偶どころかゾンビ的な何かになった気持ちで、ダーク様を振り返った。


「あのっ、そんな訳で取り込んでおりますので、ダーク様、今夜はこのままお帰りをーー」


「あのクソガキが。そんな話を聞いて帰れる訳ないだろうが。行くぞリーシャ」


 なんだか舌打ちし荒ぶるダーク様に手を掴まれて、ルーシーにはご無事でと手を合わされながら、私は声なき声を上げながら引きずられて行くのだった。




ーーーーーーーーーーーーーー



「………………君は確か、王国騎士団の隊長を務めている………」


「ダーク・シャインベックと申します、ルーベンブルグ伯爵。本日は、仕事終わりにリーシャ嬢が街に買い物に来られて遅くなったとの事、夜道は危険ですのでお送り致しました」


 パパンは、最初よく状況が分からずに、ただ娘を送ってきてくれた親切な騎士団の人、という認識だった。


「そうでしたか!いやーすみませんうちの娘がご迷惑をお掛けしてしまって。助かりました。シャインベック殿も家はこちらの方で?」


 などと友好的にも思えた会話は、


「いえ。実は少し前からリーシャ嬢とお付き合いさせて頂いておりました。

 いきなりではありますが、今回婚約をお許し頂きたくご挨拶に参りました」


 の一言で全部パアになった。


「………何、だと?」


 私は居間でオロオロしながら二人の様子を眺めていた。

 母様は、あらまあ、といったおっとりしたいつもの感じで愉しそうに流れを静観していた。


「嫌だなあ困りますよ横恋慕は。

 シャインベック隊長、彼女は僕と付き合ってるんですよ?

 だから婚約の話をしに来てるんじゃないですか」


 のんびりと口を挟んできたのはコケシもといルイルイである。

 人んちで偉そうにソファーに足を組んで腰掛けて居る。

 隣にはしくじって申し訳ないという顔をしたフランが私を涙目で見ていた。

 別にフランのせいではないし気にしないでと目で伝えた。


「私はダーク様が好きだと何度もお断りしましたのに、ルイ様が聞いて頂けなかっただけです」


 私がイライラと言葉を返すと、


「リーシャは黙ってなさい」


 とパパンに叱られた。

 あの、私は当事者なんですが。


「………本当にリーシャと付き合っているのかね?君が?かなり年も離れてるようだが」


「32です。まあこの見た目ですし、ご縁もないまま年は行ってますが、独身ですし、男爵位ではありますが、面倒な係累もおりません。

 リーシャ嬢は、こんな女性不信になっていた私でも、好きだと仰って下さいまして、時間は少しかかりましたが、ようやく最近信じられるようになりました。

 彼女もずっと一緒にいたいと言ってくれましたので、是非ルーベンブルグ伯爵にも認めて頂きたいとお願いにーー」


「なあ………許せるか君なら?

 可愛い娘が好きになったのが、父親の方と年が近いオッサンで、爵位はともかく、自分より残念な顔立ちとか。

 まだ頭は残念な感じだけど、とびきりイケメンな公爵子息の方が断然ましだと思わんか」


「………爵位と顔はもうどうしようもないですし、年も若返るのは無理ですが、リーシャ嬢への愛情だけは負けません」


「いや、そうは言ってもな。こっちも心の準備があるし、ルイ君とも話が進んできてるところだったしだな………私もショックが………」


「父様、ですから進むも何も私はっ」


 かっとなった私を諌めたのは、ダーク様だった。


「リーシャ、娘をより良いところへ嫁がせたいと思うのは当然の親心だ。それに君はとても綺麗だしな。望めば王族への嫁入りも可能だろう。娘を愛するご両親の気持ちを無下に扱うのは良くない」


「………はい、申し訳ありません」


「それでも、」


 とダーク様はパパンに土下座をした。


「そんな、良縁も選び放題のお嬢さんを私の生涯ただ一人の妻としたいのです。

 彼女が私の全てなのです!

 どうか、お許し下さい!!」



「………うっわー、カッコ悪」


 小声で呟くルイルイの声は、思ったより居間によく響いた。


「今は仕事じゃないから隊長とか関係ないでしょ?

 ねえオッサン、スッゲーダサい。これだから不細工って執念深いとか言われんじゃないの?

 ちょっとリーシャ嬢が優しくしたら調子乗っちゃってさ。剣の腕ぐらいしか取り柄もないでしょ。彼女が全てとかキモいよ。リーシャ嬢だって、公爵夫人になった方が幸せになれるでしょ。その上どこに出しても恥ずかしくない顔よオレ?見栄え的にもリーシャ嬢と俺の組み合わせ、かなりの高得点だと思うからさ、引いてよオッサンが。あんたにゃ勿体ない」



 あまりの怒りに、目の奥が真っ赤に染まったような気がした。


 テーブルにあったケーキナイフを思わず手に取る。


「………ルイ様」


 ナイフを自分の頬に当てて、私はにっこり微笑んだ。


「このナイフでざっくりいったら、かなり傷痕残ると思いますわね。どう思われます?」


「リーシャ嬢、な、何してるんですか。本当に怪我しますよ」


「これリーシャ、何をっ」

「止めろリーシャ!」


 パパンやダーク様の声がするが無視する。

 コケシごときが私のダーク様を貶めようなどと100年早い。てか一生許さん。


「もし私が顔にケガをしても、ダーク様は関係なく私を好きで一緒に居てくれると言いました。

 ルイ様は、公爵夫人として、醜くなった私でも大事にして、好きで居てくれますか?パーティでも見せびらかす事が出来なくなっても?今でなくても、この先どんなケガをするか分かりませんわよね?」


「そんなの詭弁だね。誰だって醜いモノは疎ましいに決まってる」


「あら。そんな疎ましい筈のダーク様を既に私は心から愛しておりますの。

 私には素晴らしく男前で、お心も父様のように寛大で優しく、人の痛みを知る方でルイ様よりずっと魅力的です。

 私は、私の外見よりも中身をいつも誉めて下さるダーク様が好きです。年を取れば美貌だの関係ありませんし、中身が好きだと言われた方がずっと嬉しいわ。

 あの、すみませんダーク様、ちょっと傷が残っても良いですか?多分ルイ様は傷物には興味ないと思いますのでサクッと」


「サクッとじゃないだろ気楽に言うな!

 別に傷が残るのはどうでもいいが、リーシャが痛い思いをするのはイヤだ!」


「別にこんな顔に傷の一つや二つ出来たところで大したことないですわよ」


「それなら俺がケガすればいい!」


「ダーク様がケガしても何にも変わらないでしょうが!」





「………申し訳ありません。ルイ様」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎだした私とダーク様の合間を縫ってルイに話しかけたのは、のほほんとしてたママンだった。


「あの子は強情で、やると決めたら絶対に諦めませんのよ?

 今回は止められても、次、その次までは約束できませんし。

 自分の顔にそれほど重きもおいてませんし、下手に婚約でもした後にキズモノになったりしたら、それこそ公爵家の恥になるんじゃないかと。

 老婆心ながら、今回のお話はなかったことにされるのが宜しいかと思いますわ」


「………そうですね。正直リーシャ嬢が怖くなりました。何するか読めない。今回の話はなかったことに」


 ブルッと体を震わせると、ルイはそそくさと屋敷から出ていった。




「………リーシャ、もういいわよ。ルイ様帰ったから」


 ママンの声で、ハッと冷静さを取り戻した私は、ケーキナイフをテーブルに戻した。


「ふう、良かったわ。私トゲ一つでも暫く痛がるし、血も苦手だから出来ればやりたくなかったもの」


「お嬢様、粘られたらマジでやる気でしたね?」


 ルーシーが私を睨んだ。


「え?当たり前じゃない。

 ………でも、ダーク様のために傷はつけたくなかったんだけれどね。キズモノしか嫁に出来なかったとか周りに言わせたくないじゃない?彼の価値が下がるもの」


「リーシャ、……今回みたいなことは心臓に悪いから止めてくれ」


 パパンからは泣かれるし、ダーク様は


「俺は五歳は年取ったような気がする…」


 と嘆かれたけど、最終的には私とダーク様の婚約は両親に認めて貰え(兄と弟は私の味方になってくれたし)、フランは、


「………私も貴女のように腹をくくったら諦めずに済むかも知れないわね。取りあえずルイルイは屑認定でウワサ広めてやるわ」


 と固く握手をして帰って行った。


 ルーシーにも、


「お嬢様の顔は私の理想なので、絶対に傷つけるのだけは止めて下さい。じゃないとマネージャーも覆面作家もやりませんから」


 とかなり憤慨されたが、それでも許してくれた。




 そして半年後、私は無事リーシャ・シャインベックとなった。





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