第30話 ダークもリーシャも頑張る。

「リーシャお嬢様」


「あ、あらっ、ダーク様、偶然ですわねっ」


「………棒読み感が半端ございませんが、まあダーク様なら何とかなりますでしょう。あくまでも自然な感じを装って下さいまし。

 わたくし、大切な美しいリーシャお嬢様が捨てた男を諦めきれず無理矢理追っているように見えるのだけは我慢なりませんから」




 ここは、ルーシーとリーシャが屋敷を抜け出してやって来た(フランは部屋で待機してみんな一緒に話してる振りをしてくれるそうだ)、騎士団の詰め所近くのカフェのオープンテラス。


 夜が近いせいか客もまばらで、少し春先とは言え肌寒い。


 リーシャはモスグリーンのワンピースに白いカーディガンを羽織ってきたが、やはり足元が冷える。



「捨てた男を………って、まあ当たらずとも遠からずなのだけれどもそれはさておき、本当にこちらを通られるのかしらねダーク様。もう仕事終わった頃だと思うのだけど。ほら、何人も騎士団の方が出ていらしてるじゃない?」


「間違いございません。わたくしの調査力を舐めて頂いては困ります」


「………ねえやっぱり、騎士団の詰め所の近くで偶然とかって無理がないかしらね………」


「では必然とかにしますか?痛い女扱いになるかも知れませんが。

 ただどちらにしても、ダーク様が避けておられるのですから、どう思われようがこちらから攻めなくてはどうにもなりませんでしょう?

 それとも諦めて帰りますか?」


「嫌よ。どう努力しても好きになってもらえそうもないと分かるまでは頑張るって決めてるのよ」


 リーシャの強い決意を生あたたかい目で見つめながら、


「じゃあもう少し粘りま………あっ、お嬢様、出て来られましたよダーク様」


 大柄な身体に無造作に後ろで結んだダークシルバーの髪。整った横顔。間違いなくダークだ。

 大股でかなりの速さでスタスタ歩いていくので、ぐずぐずしてると声をかけられなくなってしまう。


 リーシャは慌てて、


「ダーク様っ!」


 と呼び止めた。


 ダークが足を止めてキョロキョロ辺りを見回し、ようやくカフェにいたリーシャとルーシーに気づき、同じ速度でスタスタこちらにやって来た。


「リーシャ!こんな時間にどうしたのだ?何か買い物だったのか?危ないぞ夜になろうと言うのに女性の二人歩きなんて」


 少し眉をしかめたダーク様も素敵だなー、とうっとりしたリーシャは、慌てて設定を思い出し、


「いえあの、ルーシーと洋服を見に来ていたのですが少し疲れてしまって休憩をしてから帰ろうとしていたのです。偶然っ、本当に偶然、ダーク様がいらっしゃったのでつい声をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


 ペコリと頭を下げたリーシャに、


「いや、ちょうど俺も話があったからな。良かったら、家まで送る」


「え?ダーク様からお話、ですか?」


 リーシャは、まさかもう迷惑だから誘わないでくれ、とかそう言う話だろうかと挙動不審になった。


「リーシャお嬢様、ダーク様に送って頂けるなら安心でございます。

 ダーク様、わたくし屋敷の買い物を一部忘れておりまして。

 ご迷惑でなければリーシャお嬢様をお願いしてもよろしいでしょうか」


 ルーシーが深々とお詫びをする。


「ああ、心配いらない。ちゃんと送り届けるから安心して欲しい」


「ありがとうございます。それではお嬢様、申し訳ありませんが買い物してから戻りますので、先にお戻り下さいませ」


 そういってリーシャを見る目は、一瞬ではあったが、


(邪魔者は消えますから千載一遇のチャンスをモノにするんですよ)


 と言っているようだった。




◇   ◇   ◇




「………あの、ダーク様………」


「ん?どうした」


 街の通りを二人で歩きながら、リーシャは話しかけた。


「………その、今回は運動不足解消も兼ねまして、馬車は乗ってきてませんの。

 ダーク様に私の屋敷まで一時間近くも歩かせる訳には行きませんわ。やはりどこかで辻馬車でも拾って帰ろうかと………」


 本当は待ち伏せするのに都合が悪いので徒歩で来ましたとは言えないので、リーシャはそう言ってお辞儀をした。


「ですからその、お話と言うのを今伺えると………」


「………リーシャは帰りも歩くつもりだったのだろう?………じゃあ俺も運動不足解消という事で、リーシャと一緒に歩きたいのだが、ダメだろうか?出来れば、えー………手を繋いで、行けると嬉しい」


 と、そっと手を差し出してきた。

 暗がりでも、ダークの顔が少し赤いのが分かる。




 何ですかこのおねだりする可愛らしい生き物は。




 私を殺す気ですか。


 絶対萌え殺しさせる気で来てますよね。


 ストーカー予備軍にそんなこと言っていいんですか。



「………よろしいのですか?」


「良くなきゃ言わないだろう?………ダメか?」


「いえ喜んで!」


 ダーク様が降ろそうとした手を慌てて掴んだリーシャは、踊り出したいような気持ちであった。


 しかし。


 手を繋いでウキウキと歩き出したのもつかの間、さっきからダークが肝心な話について切り出して来ないのがどうしても気にかかる。


 これが最後の逢瀬になったらどうしよう。


 うん、そうよね。

 だって、ダーク様と言うものがありながら他の男とデートするようなふしだらな女だと思われてるんだもの。

 次のデートすら避けられてるんだもの。

 私が諦めたくなくても、嫌われてまでまとわりつく訳には行かないし。

 今回は夜道の女歩きだったから仕方なくという可能性も高いわよね。だって、紳士だものダーク様。


 でも、でもせめて一回は挽回のチャンスを貰えないかしら。


 リーシャは歩きながらも胸のざわつきが止まらなかった。


 手を引いて歩くダーク様の背中を見ながら、涙が滲みそうになる。



 屋敷への道を進みつつ、グルグルと頭を色んな感情が回りだした時に、ダーク様が前を向いたままリーシャに話しかけた。




「リーシャ、その…な……………まだ俺の事を、好き、だと思ってくれているか?」




 ………何を言ってるのかこの人は。


 リーシャはさっきまでの不安を押し退け腹を立てた。


「………いいえ」


 そう返すと、ダークの足が止まった。


「………そう、か………」


「好きではありません。大好きです、愛してます。

 朝から晩までダーク様の事を考えて、デートの思い出を脳内でリピートしては次はいつ会えるのかと身悶えし、更には夢にも出てきてくれないかと毎日お願いしてるような、むしろ病的じゃないかとドン引きされても仕方がないぐらいの私の気持ちを、そんな軽い『好き』にしないで下さい!」


 ダークは足を止めたまま、リーシャを振り返った。


「あい、……し、てる………?」


「もう自分でも恐くなるぐらい愛してますっ!いつまでたっても振り向いて貰えてませんが、それでもいつか好きになって貰えたらとじたばたしてる諦めの悪い女なんです!!

 ………でも、ダーク様に嫌われたくはないので、どうしても無理だと、こんな執着する年下の女に恋愛感情は沸かない、と言われたら、諦めざるを、えな、えないのですが………」


 リーシャは自分でも抑えきれない感情を吐き出したものの、最後は呟きのようになり、涙がボロボロこぼれ落ちた。


「先日の、ルイ・ボーゲン様の縁談は、あちらが勝手に進めようとしてるだけで、決して、決してダーク様を蔑ろにした訳ではないのです!何度断っても聞いて頂けないのです。信じて下さい、本当に、私はそんなふしだらな女ではーー」


 リーシャが言いかけた言葉は、ダークが急に強く抱き締めて来た事で途切れた。


「…あの……ダーク、様………?」


「リーシャ、済まない。お前を泣かせるつもりなんかなかった。

 俺はな、最初っから、思えば少年の格好して釣りに来てた時からお前に惹かれていたんだ。一緒にいて楽しくて、釣り場でお前に会うのが本当に楽しみだった。

 ただお前があまりにも綺麗で眩しかったから、不細工な俺なんかが本気で好きになっていいのかとずっと思ってた。ずっと年上のオッサンだし。

 ………それでも怖かったんだよ俺は。今まで女性に好かれた事なんかないから、どうしても自分から足が踏み出せなかったんだ。こんなに綺麗なリーシャが本気かどうかも心の底では信じきれなくてな」


 ダークの心臓の鼓動があり得ない位に速いのを感じて、リーシャは未だに頭の中を?マークが飛び交っていた。



 え?ダーク様は、私の事を好きなの?


 あれ?あれ?じゃ、諦めなくていいの私?



「ルイ・ボーゲンと会ってるとこを見て、あー、年も見た目もお似合いだと思って、大人として潔く身を引こうと思ったけど、友達がな、不細工が美しく身を引いても仕方がないから足掻けと言われて、俺は気持ちひとつ伝えてないと気づいた。


 君を愛してる、リーシャ。俺の唯一愛した人。

 いい年して恥ずかしいが、初恋なんだ。リーシャ以外は要らない。リーシャさえいればそれでいい。

 俺は、リーシャとこれからもずっと一緒にいたい。

 ………こんな情けない俺だが、どうか結婚してくれないか?」


 リーシャは泣きながらダークに聞いた。


「ダーク様を幸せにしたかったのは私なんですけど。………私が側にいて、貴方を幸せに出来ますか?」


「ああ、これ以上ないくらいに」


「………あれ………でも考えて見ると、それだと私もこの上なく幸せになってしまうし、あの、ちょっと幸せを過剰に頂きすぎでは、という気がして不安に………」


「俺は、リーシャがいないとこの先ずーっと不幸になるんだぞ?幸せにしてくれるつもりがあるのなら一番側にいてくれないと。

 リーシャが俺といてこの上なく幸せになるなら、それは俺を幸せにするオマケだと思えばいい。ちっとも貰いすぎじゃない。なんなら溢れたら還元すればいい。………例えば、その、子供とか。

 リーシャに似た子供がいたら、俺は特に溺愛する自信はある」


「私はダーク様に似てた方が溺愛する可能性が高いですよ。私史上最高のイケメンですから」


「………ヒューイが言ってたが、リーシャは、本当に俺が不細工には見えないのか?………いや、ウソを言ってるようには見えないな。

 恋愛って怖いな。いつか魔法が解けそうだ」


「私には目を開けてられない位に眩しくて神々しい男前ですけれど、でも魔法は解けないので大丈夫ですわ。私死ぬまでずっとダーク様大好きですから。

 ダーク様も出来たらなるべく長いこと私を綺麗だと思う魔法がかかっていてくれるといいなと思います」


「だがそれは事実だろう?リーシャは美しい。俺の女神だ。きっとおばあちゃんになってもすごく可愛いらしいと思う」


「大いなる勘違いだと思いますけど、そう思って下さるならその方が有り難いです。

 ちなみに、万が一私がいつかケガしたり病気になったりして、すごい不細工になったらどうします?嫌いになりますか」


「ん?いや別に。

 どんなに不細工になったところでリーシャはリーシャだろ?

 俺の女神(リーシャ)は、外見もだが中身はもっと奇跡のように綺麗だし、嫌いになりようがないな」


「………今ちょっとすごい殺し文句でした。私はそんなダーク様に一生ついてきます」


「………おう。ついてこい」


「でも一つだけお願いが」


「なんだ?」


「新婚旅行は海釣り海鮮食べ放題と行きませんか。

 海釣りは初めてですが、今回は絶対に負けませんよ、ニュー竿ありますからねこちらは」


「一度も勝ったこと無いくせに。

 いいぞ、また俺の勝ちだと思うがな」


「それで、勝ったらご褒美下さいませんか」


「何をだ?」


「………ダーク様から、キスして頂きたいです」


「っっ!………………あのなー………」


 ダークは呆れたような溜め息をついたのでリーシャは少し慌てた。


「やはり少し、贅沢過ぎましたか?では、お、お姫様抱っこと言うのは如何ですか?でも私少し重いかも知れーー」


 言いかけたリーシャの身体がふわりと持ち上がる。


「わ、わ、わ、」


「軽いよリーシャは。あとな、そう言うのをご褒美にするのは禁止だ。

 ………俺がやりたくてもやれなくなるだろう?」



 ダークはそう笑うと、リーシャの唇にそっと唇を寄せた。







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