第29話 ダークは頑張る決意をする。

「なあダーク」


「………なんだ」


「コーヒーが不味いんだけど」


「同じコーヒーだ。気にするな」



 夕方。既に勤務時間は終わっていたが、ダークの執務室では、ヒューイがやってきて居座りながら文句を垂れていた。


 ヒューイは呆れたような顔でぼんやりとデスクテーブルに頬杖をついているダークを眺めた。


「それは俺の台詞だっつうの。

 ………ここ2週間ぐらいのお前、見てられないんだけど」


「じゃあ見るな。野郎に見られても嬉しくない」


「リーシャ嬢になら?」


「………………」


「ああああ、もうお前うぜぇっ!

 いいのかよ、あの見た目だけの坊っちゃんに持ってかれてよぉ?」


「………持ってかれるも何も、リーシャはモノじゃない。………それに、絵にかいたような美男美女の組み合わせだ。お似合いだろう」


「だからぁ、モノじゃないならリーシャ嬢の気持ちは?彼女はお前の事を好きだったんじゃないのかよ?お前だって好きなんじゃないのか?!」


「………相手は公爵子息だ。その上超イケメンときた。俺は男爵の息子で不細工。ハナから勝負にならん。彼女には幸せになる権利があるのだ。俺なんかに好かれるよりずっと幸せにしてもらえるだろう」


「………じゃ、もう諦めたんならその瓶のクッキー貰っていいよな」


 リーシャがくれた保存用のガラス瓶の中に、三枚だけ残っていたクッキーを取り出そうとするヒューイの腕は、即座にガシッと掴んだダークに止められた。


 無意識に動いた手に自分でも吃驚しているようなダークに、ヒューイは笑った。


「何だよ。全然諦めてねえじゃん」


「………いや、………待てっ止めろっ!!」


 ガラス瓶を取り上げ、床に落とそうとするヒューイにダークは慌てて立ち上がる。

 石の床だ。落としたら間違いなく割れてしまう。



「だーかーらー、諦めてないんだよな?」


 ヒューイがほれほれとガラス瓶を揺らす。


「………だったら、どうすればいいんだ。勝ち目なんかないのに、それでも諦め悪くウジウジしてるオッサンなんだぞ俺は」


「足掻けばいいじゃん。そもそもさ、ただ黙って気に食わない男に好きな女を任せる事になんかメリットあんの?」


「………リーシャが、幸せになれる」


「だから、それはお前が勝手に思ってるだけだろうが。リーシャ嬢がそう言ったのかよ?」


「いや、でも普通他の男とデートするというのは………」


「あのな?ルイ・ボーゲンは公爵子息だ。普通に考えて、伯爵令嬢が身分が上の公爵子息に会いたいと言われてイヤですとは『普通』断れんだろう?本人の意思なんて関係ねえだろが」


「………っそれはっ、だがっ」


 ヒューイは、ぐいっと顔を近づけた。


「お前は男爵だろ?」


「っ、だからどうした」


「いやー、あの飛びっきりの美貌で上位貴族どころか王家から請われてもおかしくない、言わば幾らでも望めて選べる立場の伯爵令嬢が、爵位も劣るダークに、デートしてくれと来たんだぞ?それも複数回な?

 もう最初っからなー、うだうだ悩むのも馬鹿らしい位にお前に惚れてんじゃん。

 ダークが顔がどうとか悩んでたけどさ、そもそもリーシャ嬢がお前を不細工だと言ったのか?」


「いや。でも客観的に考えてもだな」


 ヒューイは、うーんとなぁ、とうつむき少し悩むそぶりを見せたが、ま、お前ならいっか、とニヤリと笑った。


「食堂のウエイトレスのミランダちゃんいるだろ?彼女を客観的に見てどう思う?」


「何だいきなり」


「いいから」


「ミランダ………と言うと、あの金髪のフワフワした髪のそばかすのある女性か?………んー、まあ普通の女性だろう?とりたてて美人とは思った事はないな」


「だろうな。でもな、俺からすると、めちゃくちゃ可愛くて美人なの。もう彼女いるだけで周りがキラッキラしちゃってんの。俺今彼女にメロメロなの!」


「え?付き合ってたのか?!済まん!恋人に失礼な事をーー」


「いーのいーの。俺だけ可愛いと思ってればいいから。だから、分かるだろ?お前が大したことないように見える女でも俺には一番な訳よ。恋するリーシャ嬢が、大好きなダークを不細工とか思ってると思う?不細工だと思ってる男と付き合いたいと思う?」


「………………」


「俺は、正直、お前を不細工だと思う。他のやつらもそう言う奴もいるだろう。

 あ、でも俺はお前が好きだぞ。親友としてだけどな。

 ………まあつまり何が言いたいかと言うとだな、美男だ美女だというのは、自分以外が決めることであって、テメエじゃないんだよ」


「………じゃ、リーシャは、俺の事を不細工とは思っていない、と」


「多分俺と一緒でな、素敵だなーと思ってて一緒にいるだけで幸せで周りがキラッキラしてると思うぞ。デートの時、やけにご機嫌じゃなかったか?」


「あー、何かいつも笑ってた、と思う。だがあれは、彼女の性格が明るいからなのだと………」


「本当に恋愛事は疎いっつうか、オッサンのクセに子供みたいな事を言うのなお前。

 ………ダークさ、弁当差し入れにくるリーシャ嬢見てるときとか話してる時、すげえ柔らかい顔して、時々笑顔だったの気づいてたか?」


「え?俺がか?まさか!」


「だよなー。お前割りと無表情だし、気分が顔に出にくいタイプだからな。

 だからさあ、好きだなーと思うと自然にそうなっちゃうんだって。可愛くて可愛くてどうしてくれよう、みたいな」


 ダークは愕然としたように、


「昔から喜怒哀楽が分かりにくいと親父には言われていたが………そうか………」


 と呟きながら、顔を触っていた。


 そんなダークを見て、ヒューイは豪快に笑って肩をはたいた。


「じゃ、分かったなら、リーシャ嬢に会ってこいよ。ちゃんと自分の気持ちは伝えないと。

 お前な、不細工のクセに去り際だけ綺麗にしようとか思ってんじゃねえよ。本当に失ったかどうかは努力してから言えってんだよ。最悪振られたところで今と状況変わらねえじゃん。

 不細工は悩む暇あったら行動しろ」


「不細工不細工うるさいなお前も」


 ダークは苦笑して、頬をパンッと両手で叩いた。


「そうだな。………失うものなんてないよな今さら」


「おう。当たって砕けたら骨は拾ってやろう」


「頼む。………ありがとうなヒューイ」


 そう言うと、ダークは立ち上がり、急いで出ていった。


「上手く言ったら酒お前の奢りなー」


 振り向きもせず右手だけ上げて出ていく友人を見送りながら、


「さて、と。俺もミランダちゃんと楽しいご飯に行こっかな~♪」


 とヒューイもいそいそと立ち上がるのだった。





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