第28話 そろそろ我慢も限界点。

「………………ふぅ………」


「リーシャお嬢様、あまり溜め息ばかりつくと幸せが逃げると申しますよ」


「ルーシー、そんなこと言っても、もう2週間もダーク様にお会い出来てないのよ?私は既に不幸なのよ」



 あのコケシとの無理矢理のデートでダーク様と鉢合わせしてから、仕事が忙しくなったとデートの約束もして頂けず、仕事場への差し入れも慌ただしくて不在のことも多いから遠慮して欲しいと断られ、私はかなりやさぐれている状態になっている。



「ルイルイもまだ懲りもせず何回もデート誘ってくるんでしょ?断ったのちゃんと」


 自分が持参したマドレーヌの袋を開けながら、フランがルーシーに私はカフェオレにしてー、と声をかけた。


 ソウルメイト認定されたせいか、この侯爵令嬢は2、3日置きには訪れてきて私の部屋でゴロゴロしていくようになった。


 ルーシーともすっかり馴染んで、心友がいきなり二人も出来たとご機嫌で、侯爵令嬢に友達認定されたルーシーは顔面蒼白になり「畏れ多い」と首を振っていたが、この頃フランの扱いが私と同じようになってきたのには気づいていないようだ。



「ちゃんと断って、二回目の時はもうお会いするつもりはないとまで言ったのよはっきりと。『私はダーク様が好きだから』とまで伝えたのに」


「………のに?」


「『顔はアレでもちょっと剣が立つ大人の男というのに惹かれる時期はどんな女性でもありますし、気にしてません。それに、僕は結婚するのには条件もいいし、見た目も悪くないでしょう?』とか言うのよ?気にしろと言いたいわよ。大体顔がアレって何よ。ダーク様は素敵なのよ外見も心の有り方もっ」


 やはり地球外生命体とは意思の疎通が図れない。会話が全く成り立たないのだ。

 何度あなたの事は何とも思ってないと言っても「人は変わるから」と意に介さない。



「外見は、………まあ個人の趣味嗜好の問題なので敢えて何もコメントしませんが、確かにダーク様はお人柄は文句なしの方でございます。お嬢様はダージリンでよろしいですか?」


「ええ、お願い」


 腹立ちが収まらない私を見ながら、フランがマドレーヌを渡す。


「腹が立ったら甘いものと言うじゃない。食べて食べて」


 袋を開けたそれを口元に持ってこられ、ついパクリと口に入れた。


「………もぐもぐ。美味しいわね。

 でもそんなことよりこのままだとなし崩しに婚約させられちゃうわ私」


 父様が《ようやく娘が外の世界に目を向けた》とかやけに乗り気で、デートの誘いを何とか断ろうと画策する私を妨害するのだ。


 やれこれから先、ルイ君以外の男性との外出があった時に失礼がないように勉強する意味合いで、とか、父様は寂しいがずっと可愛い娘が家に引きこもりになるのも世界の損失だとか。

 お陰で断りきれずに三回も出掛ける羽目になったのだ。


 確かにどこに連れていかれても食事はビックリするほど美味しかったけど、コケシの自慢話だけを聞く苦痛と引き換えにするにはただただ辛い時間だった。


 相変わらず私の事など何一つ知ろうとしないし。まあ本音はむしろ有り難いけど。



「小さい頃は一生家に居ておくれだの、どこにも嫁にやりたくないだの騒いでたクセに父様ってば」


 ルーシーの入れた紅茶をぐいっと飲む。

 飲み物は全て猫舌の私の好みに合わせて少しだけぬるめにしてくれているので、すぐ口に入れられるから嬉しい。ルーシー大好き。


「いくら輝くほど綺麗で愛する娘だとしても、甘やか過ぎて嫁きおくれにしたくはない気持ちもおありかと。

 ルイ様は顔も地位もお金もまあ一通り標準以上ですし、反対する理由もございませんしね」


 フランにもカフェオレを置き(彼女は熱々が好きらしい)、促されて席に腰を下ろしたルーシーはそんなことを呟いた。


「ルーシーはアレがイケメンだと思うんだったわね。まあ顔は人の好みになるから何とも言えないけど、実際に条件はいいわよね、ナルシストの馬鹿だけど」


 フランは美味しそうにカフェオレを啜ると、私を見た。


「条件なんかどうでもよくて、私はダーク様しか必要ないのよ。あの人を幸せにしたいのよ。それが私の幸せなの!」


「でもねえ、今の状況だと、避けられてるわよね間違いなく」


 私の胸を抉る台詞に心が沈む。


「やっぱり………誰にでも媚を売るふしだらな女だと思われて嫌われたのかしら………」


 弁解もさせてもらえないし。

 思わず目尻に涙が滲む。


「いえ、恐らくダーク様の人となりですと、リーシャお嬢様が他の方を好きになったのなら、自分なんかが近くにいるのは迷惑だろうからと身を引いた、という流れかと」


「あー、そんな感じよねあの方。相手の事を先に考えちゃうタイプよ。それに、自分の容貌にコンプレックスある人はどうしても引け目感じちゃうから」


「身を引いてくれとか頼んでないわよ!

 せっかくもう少しで私の事を好きになってくれそうな気配があったのに!!」


 ルーシーとフランはそろりとお互いの目を見た。


(………今までの話だけ聞いてると、どう見てもダーク様、リーシャにベタぼれだと思えるのだけど)

(奇遇ですねわたくしもです。でもお嬢様はダーク様が自分が何度好きだと伝えても相手にしてくれてないと片想いこじらせ中です)

(いや、からかってるのかと警戒はしたと思うけど、あの裏表がない性格のリーシャが本気かどうかなんて、すぐ分かるでしょう?)

(まあ、ダーク様も感情もあまり出さない方ですからね。感じ取れないリーシャお嬢様もソッチ系はポンコツなので)

(………ああ。あんな作品書いてるのにね………)

(あんな作品生み出されてるのに………)


「何こそこそ二人で話してるのよ。私がこんなに辛い思いをしてると言うのに。

 あー、もういっそのこと無理矢理夜這いでもかけて既成事実を作るしかないのかしらね?チチはたわわではないけどそこそこあるし、肉弾戦でこうーー」


「「色々ステップぶっ飛ばしてるからそれはやめましょう」」


「………じゃあ一体どうすればいいのよ」


 コケシと会うのはもう嫌よぅ、とおいおい泣き出した私の肩や背中をルーシーやフランが優しくさすりながら、


「泣いてないで、善後策を練りましょうお嬢様。大丈夫です何とかなりますよ」


「そうよ。泣くのはダーク様を手に入れてからになさい」


 と慰めてくれた。



 私は顔を上げた。


「………そうよ、諦めるもんですか。不戦敗なんて認められないわ」


 やはり夜這いを、とクローゼットに向かう私は二人に押し止められた。


「だから極端なのよ貴女は!キス1つで浮かれている女が、ダーク様に夜這いをかけて、ベッドに押し倒して服を脱がせ行為を迫れるとでも本気で思ってるの?

 自分の官能小説の音読ぐらいで顔を赤くしてのたうち回る女が?」


「………」


 そうか。私が服を脱ぐだけじゃただの痴女止まり。惚れてもない女に迫られてもダーク様がどうこうしてくれるとはとても思えない。私は大人の色気というのも皆無だし。


「無理矢理って、大変よね………」


「犯罪に手を染める前にお気づきになって頂けて嬉しいですお嬢様。

 では、理性が戻ったところで『待ち伏せ』についてご相談致しましょうか」


「ルーシー、私にはそれも少し犯罪案件に思えるのだけど」


「夜這いをかけるとか仰っていた性犯罪予備軍に更正の道を指し示しているだけでございます。

 『たまたま偶然に』ダーク様が通られる道に『たまたま偶然に』リーシャお嬢様がいた、ならギリセーフです」


「あー、それならまだセーフゾーンね」


「更正の道と言うか、更正しないといけないルート歩いてる認定でもうアウトじゃないかと思うのだけど私」


「そんな些細な事に気を取られてどうするのです。勝てば官軍というではございませんか」


「………そうよねそうよね。ルーシー、フラン、私のために力になってくれて本当にありがとう」


 また涙が溢れてくるのを抑えられずに私は二人を抱き締めた。



(リーシャって、本当に………鈍感でおバカだけど、素直で可愛くて飽きが来ない子よね………)

(お陰様で15年お仕えしても未だに倦怠期が参りません)



 何かひそひそ話をしていた二人の声は、私に届くことはなかったが、泣いてる私の頭を撫でてくれる手は、とても気持ちよくて安心するのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る