第27話 もう会えない。もう会わない。

【ダーク視点】


「………」


 だらしのない。

 まさかこんなに動揺するとは思ってもいなかった。



 リーシャとのデートの約束が、急用だとかで先延べにしたいとの話があり、あー告白するのも延びたなぁ、とガッカリした俺ではあったが、でも次にすればいいのだと思い直した。



 そう、告白してちゃんとした恋人同士になってもらうのだ。



 とは言え、急に予定がぽっかり空いてしまうと寂しい。

 家で鍛練を済ませると、読書する気分にもなれなかった。


 外はいい天気だ。

 デートだったら良かったのに。


 ふと思った。


 剣の研ぎ直しついでに、何かリーシャに似合いそうな小物などはないか街で散策しつつ探してみるのはどうだろうか。


 思い立つと居ても立ってもいられずに、外出の支度をして家を出た。

 歩いても30分もかからないので、運動も兼ねて歩いて行くことにする。



(………いつも彼女には色々としてもらうばかりで、俺は何もお返し出来てなかった。何か欲しいものはと何度も聞いたが、特にないと言われるばかりだったのに甘えていた。単に気を遣って遠慮していただけかも知れない。

 しかし、こちらから勝手に贈る分には受け取って貰えるのではないか)



 センスがあるとは言いがたい自分ではあるが、店の人間にアドバイスを求めたら何かお薦めのものを教えてくれるだろう。



 街に着くと、早速研師のところへ向かい、いつものように研ぎを頼む。

 午後には上がると言うことで、それまで街中をブラブラすることにした。


 女性のアクセサリーや小物を扱う店に入ってみる。

 中にいた女性客が若干引いてしまった。

 そりゃこんな不細工なゴツい男が何の用だと思うだろう。俺もそう思う。居心地が悪いことこの上ない。


 しかし、今日はここで諦めてはダメだ。


 店の女性に、「世話になっている若い女性への贈り物をしたいが、お薦めのモノがあれば教えて欲しい」と伝えると、内心はどうあれ流石にプロである。笑顔になり、


「こちらへどうぞ」


 と案内されたのは、沢山の小物などが並ぶ棚。


「若いお嬢様ですと、このオルゴールのついている宝石箱など近頃人気ですね」


 指輪やネックレスなどを保管する小箱のようで、ほぼ俺の掌位の大きさである。


 蓋を開けると、なるほどビロードの布で区分けされた指輪などの宝石を入れる部分があり、蓋の開閉で連動して綺麗なオルゴールの音色が流れるようになっている。


 リーシャが指輪やイヤリングなど宝飾品を着けてるのを見たことがないが、女性が全く持っていないという事はないだろう。


 宝石箱もいくつもの小さなガラスに色をつけた宝石を模したものが夜空の星のようにキラキラと輝いていて、見るからに女性が喜びそうな気がした。


 プレゼント用に包んで貰い、高揚した気分で表に出る。

 リーシャが喜んでくれるといいが、などと考えていたら、避けきれず女性にぶつかってしまった。


「あっ申し訳ない、ケガは………リーシャ?」


 同タイミングで謝ってきた女性の声はすっかり耳に馴染んでしまった声だった。


 なんだか運命的な物まで感じてしまいそうで、どうしてここにいるのか尋ねようとした時に、視界の隅に見覚えのある男が映る。


「奇遇ですねシャインベック隊長どの。

 僕らはこれから舞台を観に行くところなんですよ」


 リーシャの腰に手を回したルイ・ボーゲンに胸が軋むような怒りを覚えた。


 俺のリーシャに触ってんじゃねえ。


 そう言えたらどんなに良かっただろう。

 だが、まだ告白もマトモに出来てない俺に何が言えるのか。


「………そうか。………楽しんでくればいい。お似合いだな美男美女で」


 頭の中は真っ白だったが、無意識にそんな言葉が出た。


「ダーク様っ、待っ………」


 リーシャが俺に呼び掛けていたが、とてもこの状態では平静な対応が出来る自信がなくて、背を向けたまま早足でその場を離れた。



 ルイ・ボーゲン………そうか。この間執務室にリーシャの事を聞きにきたのはそう言う事だったのか。


 歩きながら、自分の疎さ加減に腹が立つ。


 俺が恋人、もしくは婚約者だったなら諦めるつもりだったのだろうが、俺がまだそんな関係ではないと言ったから、アプローチをすることにしたのだろう。



 ………本当に、周囲が色を変えてしまうほどの美男美女の組み合わせだった。



 リーシャも、顔より中身みたいな話をしていたが、顔だって悪いよりはいい方が勿論いいだろう。


 奴の人となりはよく知らないが、リーシャを幸せにしてくれるなら応援し………たくはないが、そもそも俺がいつまでもグダグダとつまらない事で悩んで、先伸ばしにしていたから悪いのだ。


 いくらリーシャが好意を持ってくれていたとしても、ずっと返事もしないままの男をいつまでも待てる訳がない。



 俺は、人生で唯一のチャンスを棒に振ったのだ。



 暫く歩いて行くうちに、いつの間にかピクニックをした公園のベンチに座っていた。


 手作りの弁当を食べさせてもらい、キスをしてもらい、膝枕もしてくれた。



 ………俺のファーストキスがリーシャだなんて、贅沢な話だよな。


 30過ぎのこんな醜いオッサンに興味を持ってもらえただけでも御の字なのだ。

 デートで出掛けた場所や店も、全てが楽しい思い出である。


 過ぎた幸せだったのだろう。


 きっと、リーシャももう俺の事なんかよりあの同世代のイケメン公爵子息の方がいいと思っているだろう。普通の女性なら願ってもない条件が揃っている。


 さっきは、どうやって俺との付き合いを断ればいいのか、悩んで心を痛めていたのかも知れない。



 リーシャの邪魔になるのだけは、自分のプライドが許さなかった。



 このまま、もう会うのはよそう。



 リーシャから別れの言葉を聞きたくない。彼女は優しいから、きっと自分の心変わりですら申し訳ないと泣いてしまうだろう。


 俺が何もしなかったから。


 俺が何も出来なかったから。


 恐がり、怯え、現状の幸せだけを心の糧として生きていた情けない自分のどっちつかずの態度が彼女を苦しめてしまったのだ。


 リーシャが心変わりしても、俺には責める資格もなければ詰る権利もないのだ。



「リーシャ、………幸せになってくれ」



 誰に言うでもなく出たそんな言葉に、息が詰まる。



 手元から失ってみて初めて、胸にぽっかりと空いた穴を自覚した。

 リーシャにしか埋められない穴は、きっともう埋まることはないのだろう。




 俺の唯一の人。

 俺の愛する人。

 俺の太陽。俺の月。俺の全て。


 こんなに醜いクセにおこがましい夢を見た、馬鹿で、情けなくて、本当にどうしようもない男だったが、この先もずっと秘かに愛する事だけは許して欲しい。


 一緒に過ごせた夢のような時間を何度も思い出し、過ぎた時をいとおしむ事も許して欲しい。


 俺の人生で一番充実した幸せな時間をくれて、本当に感謝している。



 せめて、リーシャがもう少し人並みの美人、いや平凡な顔立ちであれば、自分はもっと早く勇気を持てたのだろうか。

 今さら考えても仕方ないのに、気がつくとそんなことばかりが頭をよぎった。




 穏やかな春の空を見ながらぼんやりとしていて、ふと手元の荷物に気づいた。

 先ほど購入した宝石箱だった。



 ーーーもう渡すこともないか。



 そう思ったが、これを購入した時の自分の頑張りも少し誉めてやりたかったので、そのまま持ち帰る事にした。



 ………ちいとばっか遅すぎたけど、少し、頑張ったよなダーク・シャインベック。



 空を見るともう日も大分傾いて来ていた。


「剣、取りに行くか………」


 俺は、ちょっと溜め息はこぼれたものの、思ってたよりしっかりした足取りで歩き出せた自分に少し感心した。



 夜、残ったクッキーは全部食べてしまおう。


 少し、泣いてしまうかも知れないが許そう。




 そして、明日からはまた今までのように生きていけばいいだけだ。


 でも、俺は、どうやって生きてきたんだっけな。

 リーシャと会う前の事が余り思い出せない。





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