第26話 イヤなことは大抵ベストタイミングで。

「やぁリーシャ嬢、先日ぶりですね!」


 約束の日、私はかなりイヤイヤだったがルーシーに支度をしてもらい客間へ向かう。

 コケシもといルイ・ボーゲン様は、ピシッとしたグレーのスーツを身につけ、客間で両親と談笑していた。

 首から下だけなら爽やかな好青年風である。


「………遅くなりまして申し訳ございません」


 私は目線を下に固定して挨拶をした。


「気にしないで下さい。僕が早すぎただけですから」


「すみません、娘は歴史などの勉強に熱を入れていて、夜更かししがちなのです。

 ダメだろうリーシャ寝坊したら。

 今日はルイ君が来ると言ってあっただろう?」


「申し訳ありません」


 いや、遅れてないし、締切がですね、等とは言えないので神妙にしておく。

 大体、ダーク様のために今日を空けようと仕事を詰めたのに、なぜコケシに貴重な休日を使わないといけないのか。


「ルイ君、昼食と観劇だったかな確か?」


「はい。夕方までにはお送りしますのでご安心下さい。それではリーシャ嬢、行きましょうか?

 本日のワンピース姿もお綺麗ですね。よく似合っておられる」


「ありがとうございます」


 去年の誕生日に父様から頂いたものだが、自分の好みではない為タンスの肥やしにしていたレースがフリフリしている鮮やかなイエローとライトブルーのワンピースである。


 一度着てみた時に(ハワイを訪れた土偶。レイがあれば完璧)などと思い封印していたが、コケシに対してお洒落をする気にはならなかったので、わざわざ引っ張り出してきたのだ。


 何だか父様も「私があげた奴じゃないか」と喜んでるみたいだし、身の置き所がないような自分の羞恥心さえ捨てれば、コレはコレでいい選択だったかも知れない。


 いや、「えぇーちょっとコイツ趣味悪っ」とコケシにまずドン引きしてもらう攻撃を仕掛けたのはどうやら失敗したみたいだが。



 馬車で街まで向かう途中で、少しでも最終戦争の恐怖ではなく、奴も人間だったよ、と思える時間を過ごしたかったので、色々と世間話を振ってみたが、見事なまでに、「自分」の自慢話ばかりだった。


 やれ描いた絵が賞を獲っただの、狩りで鹿を仕留めただの、恋文が騎士団の詰め所に何十通と届いただの、明らかにスゴイと誉めて欲しいんだろうなと言う内容であったが、私は、


「そうなのですね」

「まあ左様でしたか」

「それはそれは」


 で乗り切った。



(ルイルイはね、チヤホヤされるのに慣れた顔だけが取り柄のすれたバカ令嬢の男性版なの。だから、誉めない事が大事よ。

 常に醒めた視線でクールに。

 ついでにワガママ言いまくって扱いにくい気の強い女だと思われればいいのよ。騎士団の時も言いたい事言ってたじゃない?)



 とフランが腐女子会でアドバイスしてくれたので、そらもうイヤなワガママ女を演じるのに必死である。


「この馬車揺れが酷いんじゃないかしら?御者の腕の問題でしょうか?」

「あの舞台、友人がイマイチだったと言っておりましたわ。本当に退屈だったらどうしましょう」


 などと偉そうに言ってみたりしたのだが、


「そうだね。リーシャ嬢を乗せるには相応しくなかったね。ヤツは首にしよう」

「退屈だったらすぐに出てしまえばいい。ショッピングなんかどうかな?」


 コケシは何故か不快な顔もせずこちらに合わせてくるので、どうにもうまくいかない。内心慌てて、


「いえ、首にするほどではないわ。考えてみたら、こんな砂利道だもの。揺れて当然ね。他の御者ならもっと揺れてたかも知れないわね」

「舞台の見方は十人十色だし、途中で出るのもバカらしいですわ。悪い出来でも最後まで観ないと感想も言えないですもの」


 とワガママ女風でフォローする羽目になっている。

 難易度がどんどん上がっていてツラい。


 でも、私がコケシに嫌われたいだけなのに、御者の方の仕事がなくなるとか、舞台をろくに観もせずに立ち去るとか、不要な罪悪感の十字架背負わされても困るんですよ、ええ。


 ワガママしまくるって、メンタルがオリハルコン並みに強くないといけないようだ。ヒッキーな腐女子の打たれ弱い小心なメンタルには高い壁が存在していたが、これもダーク様の為である。

 トップクライマーな気持ちで登らねばなるまい。


 

 

 気合いを入れ直した割りには、既に街に着く頃には若い兵士の「俺、この戦争が終わったら彼女にプロポーズするよ」発言並みの死亡フラグが立っている気がした。


 いや負けるな私と心で叱咤する。



「さあ、お腹すいたでしょう?中々いいラム肉を出すところがあるんですよ。ワインもソムリエと懇意なのでいいのを用意してくれてると思います」


 真っ昼間から肉ですか。酒ですか。寝不足の身体には命取りよ。

 アンタ私を殺す気満々じゃないの。


「そうね。まあ楽しみにしてますわ」


 期待はずれにならないと良いけど、的な興味の無さげな雰囲気を作り、お愛想的に笑みを浮かべる。


 いやコケシ、照れてんじゃねーよ。

 今のどこに照れる要素があるのよ。ドMなのこのコケシ。

 ルーシー、フラン、ちょっと本当にこのルートでいいのかしら?もう帰りたい。



◇   ◇   ◇



「………まあまあでしたわね」


「それは良かった」


 いや、ビックリするぐらい美味しかったわ。何あのソース。お皿ごと舐めてしまいたいほど絶妙なスパイス加減だったわ。

 それにまたワインも、これ幾らするのよ?って恐ろしくなるほど芳醇で深みのあるいいワインだったわ。

 お酒も弱いし、怖くなって1杯しか飲まなかったけど、公爵家ってこんな美味しいもの普通に昼間とかから飲み食いするの?

 もうやだコケシのくせに味覚だけは正常だったわ。

 相変わらず自分の話しかしないけど。


 普通は相手の事とか聞きたいものじゃないのかしらね縁談って。

 まるで興味ないのね私の中身には。


 少し苦笑した。


 ダーク様は、


「リーシャはどんなお菓子が好きなのだ?」

「リーシャは普段何をして過ごしてる?」

「×××の件についてリーシャはどう思う?」


 と、自分の事でなく私の考えとか好みばかり聞いてくれたけど。


 まあ私への気遣いとかマナー的な感じだったかも知れないけど、すごく嬉しかった。人となりを知ろうとしてくれているみたいで。


 私もこれ幸いとダーク様の趣味から味覚の好みとか物の考え方とか色々と聞かせて頂いたけど。


(………あー、ダーク様に会いたいわ………)



 ぼんやりとオペラハウスにコケシと歩きながら考えていたら、うっかり人にぶつかってしまった。


「あっ!失礼致しました余所見をしておりまして。お怪我はありませんか?」


 慌てて頭を下げると、


「………リーシャ?」


 と聞き覚えのあるセクシーな声がして、顔を上げると、そこには今一番会いたいけど会いたくないダーク様が立っていた。


「ダーク様、どうして………」


「いや、剣の歯こぼれが目立ってきて、研師に出してきたところだ。リーシャは、何をして………」


 ふと、ダーク様が背後に立つコケシに目をやった。


「奇遇ですねシャインベック隊長どの。

 僕らはこれから舞台を観に行くところなんですよ」


 いきなり腰に手を回したコケシに鳥肌が立ったが、こんな街の往来で公爵子息の手をはたく訳にもいかない。

 じろりと睨むに止めたが、ダーク様の前で何してくれんの死にたいの?と心の中では罵倒の嵐だった。


「………そうか。………楽しんでくればいい。お似合いだな美男美女で」


 そう寂しそうに笑うと、ダーク様は軽く手を上げて歩いていってしまった。


「ダーク様!待っーーー」


 私がダーク様を追いかけようとすると、グイッと腰を引き戻され、


「今は僕らはデート中だろう?いくら知り合いとは言え、僕を置いてくのはどうかと思うよ?舞台に遅れてしまうし、隊長の休みの邪魔は良くないよ」


 コケシはそう言うと、笑顔になり私を促した。



 ダーク様には後日謝ろう。どうしても立場上断れなかった事はきっと分かって頂ける。


 そう思って後ろ髪を引かれる思いで舞台に向かった。


 案の定、舞台の内容は何一つ頭には残らなかった。





 そして、弁解をする機会は、ダーク様が忙しくなったとデートの約束をして頂けない状態となり、いつまでも失われたままであった。




 

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