第3話 ロックオン。

「………おっ、女、だったのか?………」



 アゴが外れるんじゃないかと思うほどかぱーんと口を開けてたお兄さんが、漸く言葉を発した。



「あー、すみません!実は女でした。

 ははは、いや、釣りってあんまり一緒に行ける女友達とかいないんですよね。だけど女の独り歩きは不用心だからって親が心配して男の子みたいな格好させられてまして。

 まあ自分でも楽だったので誤解されたまま男で通してました。ウソついててごめんなさい。

 私はリーシャ・ルーベンブルグと申します」



 いや、ほぼ引きこもりだったかから友達とか全くいないけどね。とりあえずそこら辺は少し見栄を張らせて欲しい。


「いや、それはいいんだ、が………」


 と話しかけて、自分のフードが首もとに落ちていた事に気づいたらしいお兄さんが、慌ててがばっとフードを被り直した。


「っ、すまん!オッサンが女神みたいな女性にこんな醜い顔を晒した上に、背後から抱きつくような事をしてしまって!!

 いや、てっきり少年だと、よく見たら背格好も華奢だしっ、気づいてなきゃいけなかったのにっ、当然ながら女性と縁がないので想定外と言うかっ、そのっ」


 挙動不審なくらいアワアワと動揺して後退りをするお兄さん。




 いや、客観的に絵面を想像すると、土偶系モンスターに襲われる美貌の剣士的な感じだと思いますけど。


 ああ己の冷静な判断力が憎い。



「え?お兄さん別にオッサンじゃないですよ?だって幾つですか?」


「さっ、32だ!」


 あー、私がもうすぐ18だから一回り以上は離れてるのか。んじゃオッサンなのかしら。

 いや、全然見えないわ。むしろ20代前半でも通る。

 余りに神々しい美しさに眩しくてただでさえ細い眼を余計糸目にしてしまったけど。


 30越えてるのか。やっぱり男は30越えてからが味が出るのよね。それもこんなイケオジとか。溢れ出ていたフェロモンにあてくし二日酔いしそうですよ。


 流石にもう結婚とかしてるんだろうなあ。ちょっと残念。


「………うわっ、ちょっと、私のせいで余計な怪我まで!!

 奥さまにお詫びしないとっ」



 話してて気づいたが、咄嗟に私を庇うように後ろに手をついてたようだ。

 尖った岩にでも引っかけたのか、切れた掌から血が流れている。

 私は慌ててハンカチを取り出し、お兄さんの手を取って血止め代わりに巻き付けた。

 こんなどこもかしこも綺麗なお兄さんに傷をつけるとか、私は万死に価する。



「っっ!!こんな傷大したことないっ、騎士団では訓練でもしょっちゅう怪我するし気にするなっ!

 そっ、それにこんなブサイクなオッサンのとこに嫁に来る奴なんかいる訳ないだろうが!妻なんかいない」



「誰がブサイクですかっ………あれ?もしかすると、旦那様でしたか?」



 ゲイセクシャルが普通に存在するため、女性同士や男性同士の婚姻も認められている。数は多くないが同性同士の夫婦者というのもいるのだ。



「旦那もいないしっ。ってぇかな、俺は男に興味はないっ!!」


 怒られた。しゅん。


「………大体、俺みたいな醜い男に好かれても男性も女性も迷惑に決まってるだろう?」



 ………あ、実社会との関わり薄くて無意識だったけど、そういや格好いいパパンがブサメン扱いだったのよねこの世界。



 するってえとですよ、この人外レベルのイケメンは、相当なブサメン扱いって事なのかしらね。

 ダークシルバーの少し長めの髪を後ろで束ね、ライトブラウンの瞳の切れ長の目、凛々しい眉、すっと真っ直ぐ整った鼻筋、少し薄い唇が色気駄々漏れで、さっきから心拍数が無双乱舞中である。



 しかし何その理不尽。



 美神レベルだぞ日本なら。

 その上、不当な扱いされてるだろうに他人への気配りまでするとか。

 その魂の有り様まで美しい。

 地上に舞い降りた天使。

 


「………お兄さんの顔、私は素敵だと思いますけど。面倒見もよくて優しくて、思いやりもあるし。ボク、として接してた時からずっとイイ人だと思ってましたよ。

 ほんっとに世の中の女性は見る眼がないですねえ」



 直視するには眩しすぎたのでフード被り直してくれてむしろ私には有りがたかったけど。フードなかったら華厳の滝みたいに盛大に鼻血出してた間違いなく。


 ポットから紅茶を入れてお兄さんに目をやる。


 なんか固まっていた。


 石化の魔法でもかけたのだろうか私。


 いくら土偶系モンスターとは卑下しても、実際は魔法なんか使えないただの妄想好きな変態腐女子である。


 蛇女ゴーゴンみたいな特殊能力を持った覚えはないのだが。



「………お前………頭おかしいのか?見ただろう俺の顔?」



 暫く無言で紅茶を飲みながら景色を眺めていたら、漸く石化魔法が解けたのか、お兄さんが呟いた。


「見ましたが何か?

 私には素晴らしく好感度の高い素敵な殿方だなあと。

 第一、私は一緒にいて楽しい人とか中身が優しい人がタイプですから、顔は正直二の次ですし、まぁ淑女らしからぬ行動をしてた私なんかに誉められても嬉しかないと思いますけど」



 後光がさしてたので美貌の全てが見えた訳ではないけど。

 顔が別に普通だったとしても、大変好ましい人ではないかと思う。



 顔も晒さない少年に根気強く釣りのレクチャーをしたり、一匹も釣れなかった時には自分の釣果を気前よくくれたり、昼食代わりに塩焼きにした魚を私の分まで用意してくれて、「背を伸ばしたいならちゃんと食え。こんな細っこいまんまだと筋肉つかねーぞ」と頭をフードの上からガシガシ撫でてくれたり。



 釣りに行くのがどんどん楽しみになっていた。



 今日はお兄さん来てるかなー、とか。



 こないだ魚をもらったし、昼食と飲物多めに持ってけば、会えた時に食べて貰えたら少しはお返しになるかな、とか。



 家族と使用人(自分の中では家族同様だ)以外の交流は、実はとても嬉しかったのだ。


 釣りの上手い優しいお兄さんと仲良くなれて本当に良かったといつも感謝していた。


 それがまあ予想外の眼球攻撃をするきらびやかなイケメンだっただけの事なのだ。




「………昔な。こんな俺でも五年ほど前かな、婚約者が出来そうな事があってな」




 また暫く石化していたお兄さんが、ポツリと話し出した。



「うちは父親が強い王宮騎士だったんでな。一代限りとは言え武功で男爵の爵位を貰ってた。

 俺もほら、こんなブサイクな顔に産まれたからな、見た目より能力を重視する騎士団に志願して、毎日鍛えてたし剣にもそこそこ才があったみたいで、その頃には副隊長まで昇進したんだ」


「おお、27で?凄いじゃないですか!」


「………おう、ありがとな。

 んで俺もその頃には、まあ自分の努力を認めてくれて、側で支えてくれるような優しい女性が居たらいいな、と」


「なるほど」


「で、まあそれなりに出世したせいか、見合いの話が来た。平民の女性だったが、うちも爵位もらう前は平民だし全然気にしてなかった。

 で、見合いの当日現れたのは、まあ容姿は特に美人ではなかったが、感じの良さそうな女性だった」


「それでそれで」


「カフェでお茶して普通に世間話して、一時間ほどで別れたのだが、速攻で使者から断りの返事が届いた」


「それまた何でですか?」


「カフェでな、周りの客が『あんな醜い男とよく側にいられるな』とか『あんなんと付き合う女なんて、見た目は普通だけど何か訳ありの傷物じゃねえの?』とか、まあヒソヒソと囁かれてるのを聞いて、心が折れたらしい。一生そんなことを言われるのかと思ったらとても耐えられる自信がないと」


「………………」


 客もその女性もどっちもどっちである。

 何だよその顔面至上主義は。


 日本でだって、私もイヤな思いをしたことがない……とは言わないが、そこまでブサイクに対して過剰な攻撃をする人なんてそうは居なかったぞ。

 スルーしてたのもあるが、それなりに友達もいたし楽しく生活できていたのだ。


「何か、柄にもなくそん時はかなり落ち込んでな。

 相手の女性が不必要な誹謗中傷の対象にされ、常時心に傷をつけられる事を強いる程の醜い男になんて、結婚相手とか望む権利はないんだと悟った」

 

「………お兄さんの方がよっぽど傷ついただろうに、相手の女性の方を考えるんですね。なかなか出来ないですよ」



 私は悲しくなってきた。



 こんなに優しくて、酷い言われ方されても怒るでもなく己を責める。

 顔も心も奇跡のように綺麗な人に、この世界はなんて暮らしにくいのだろうか。



 この天使は、もっと幸せにならないといけない。

 その資格がある。

 今、私がそう決めた。



 私にそれが出来るのであれば、何とかしなければ。

 焦燥感が募る。



「ねえお兄さんっ、お名前は?」


「んあ?………ダークだ。ダーク・シャインベックとい、っおい」


 ぐいっ、と近寄った私に後退りしそうになるお兄さんのフードをつかんで軽く振り落とした。

 


 あー、やっぱり神々しい。


 日々執筆で妄想をたぎらせながら夜遅くまで酷使してる薄汚れた目が浄化される気がする。すぐまた汚れるけど。



「おいばっバカ野郎っ、お前みたいな綺麗な女がこんな醜い男の近くに寄ったら穢れるだろうが!俺から離れろっ」

 

 

 自分では土偶が耳まで真っ赤な顔をした美貌の剣士に物理攻撃を仕掛けているようにしか思えないのだが、『綺麗な女』と返されてむしろ精神にダメージが来た。



 こんな存在全てが奇跡のような人に『綺麗』(笑)とか言われても。


 今でも、家族と周囲を舞台にした十数年にも渡る壮大なるドッキリではないかという疑いを捨てきれない自分には過大評価以外の何物でもない。



 でも、好意を持っている人に綺麗だと思ってもらえるなら第一段階はクリアだ。


 毎日洗顔やメイクで地味顔を見てるせいか、よそ様の話みたいに現実味はないのだが。


 前世で好きになったのは二次元キャラだけ、というマイナスの恋愛スキルしかない自分を嘆いてももう遅い。



 私は一度目の人生も通して初の【恋】に落ちてしまったのだから。



「あのっ、そのっ、ダークさん、嫌でなければっ、良かったら私と、友達からでもいいので恋人になって頂けませんかっ?」



 ………あ、また石化した。



 自分からまさかこんな告白する事になるとは考えたこともなかったので、何かやり方が間違ってるのかとか、女が迫りながら言うのは破廉恥ではないかと頭がグルグルして顔が熱くて仕方がない。


 早くなんか喋ってくれないかとダークさんの顔を間近で見る。


 少し揺さぶる。


 今回は石化が長い。


 手首の脈を取る。


 生きてる。大丈夫。



「ダークさん、あの………」



 沈黙に耐えきれずに私が呼び掛けると、目の焦点が合ってようやく私を見てくれた。


「っ!うぉっっ!」


 駆動停止していたとは思えない反射神経で後ろに飛び下がって立ち上がった。


「何言ってんだお前はっ!おっ、オッサンをからかうなっ!!

 今日は竿を折ってしまって済まなかった!俺の魚籠に入ってるマス、全部やるから許せっ!!じゃあなっ!」


 それだけ言い切ると、真っ赤な顔をしたままでものすごい勢いで走って行った。



 おい、腐女子とは言え乙女のなけなしの勇気を無駄にする気か。



 嫌われてはいない、と思う。



 ただ、あの年まで恋愛経験ないだけあって、純情過ぎる。



 私のような煩悩で薄汚れた人間には彼は勿体ないとは思うのだが、周りに幸せにしてくれる人が誰も居ないならしょうがない。私がありがたく頂こう。


 だってあの人を幸せにしたいと思ってしまったし。


 美人(仮)の皮を被った変態だけど、それでも女だから恋愛対象枠内だろうし、別に誹謗中傷も彼の心を守るためなら痛くも痒くもない。


 ドロッドロに甘やかして、これでもかと愛情を注いで溢れても注いで、今後の人生を楽しく健やかに生きていって欲しい。



 ダークさん。



 大変申し訳ないのですが私、リーシャ・ルーベンブルグは、残りのダークさんの人生を全力で頂きに行こうと思います。






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