第4話 女神。
【ダーク視点】
女神が俺の前に降臨した。
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ここ数ヵ月、休みに趣味の釣りに行く際に、よく会うようになった少年がいた。
まだ釣りの経験値は浅そうだったが、生き餌も嫌がらずに針に付けてるし、釣れても釣れなくても、それを是とする愉しさも知っていた。
最初は軽く挨拶だけ。
だんだんと、魚に対する知識や、穴場の見分け方、魚によって使うエサの善し悪しなど、聞かれるまま応えたりしているうちに、いつの間にか昼飯なんかもちょいちょい一緒に食べるようになっていた。
他の釣り場も行かなかった訳ではない。
ただ、気がつくと、足が子供のいる川に向かっている事が多くなった。
何とはなしに一緒にぼーっと川面を見ていたり、雑談をするのが楽しかったのもあったが、いつもフードを脱がないので、
(………もしかすると、俺みたいに容姿に問題があって隠したいのかも知れないな)
なんてことも思いながら、変な仲間意識もあったような気がする。
いや、だって誰が思うかよ。
釣りに連れもなしに若い女性が意気揚々とやってくるとか。
まあそんな訳で、普通にバスケットから気軽にサンドイッチをもらったり紅茶をもらったりするのも、小さな男友達との交流の一環だった。
そして、またいつも勝てやしないクセに勝負を挑んでくるボウズを微笑ましく感じながら、受けてたったんだよ。
暫く経った頃、ボウズを窺うと、奴の竿に今までとは比べ物にならない強い引きが来ていた。
お、今回はもしやボウズの初勝利か?
ぼーっとしてたようで、声をかけると慌てて引き上げようとするが、マジで大物らしく、ボウズの体が引っ張られている。
これは協力してやらないと可哀想だろ。
一声かけて、ボウズの後ろから一緒に竿を掴む。
………これはちょっと竿がヤバい。細いからなコレ。
力のかけ具合を変えないと、と思った瞬間に、魚が急に深場に入り込んだのか、更に竿がしなり、負荷に耐えられず見事に折れた。
いきなり引っ張られてた力が消えたので、当然ボウズと一緒にひっくり返った。
咄嗟に衝撃を緩和するために後ろに手をついて手に軽い痛みが走ったが、子供が変に大怪我でもしたら大変だから堪えられて良かった。
………いや、少年だと思ってた。
被っていたフードが外れて、艶やかで長い黒髪が現れて、振り返った顔を見た瞬間に、俺は言葉を失った。
今まで生きていた中でも初めてお目にかかるような、美しい少女がいたのだ。
黒髪を後ろで一つにまとめて、長いまつげに深みのある黒い瞳は美しい一重の瞼が彩り、ブラックオパールのように煌めきを放っている。
色の白い陶器のようなつやつやの頬、こじんまりした可愛い鼻にピンクの柔らかそうな唇。折れてしまいそうな細い首に華奢な体つき。
神様が、ありとあらゆる美しい要素を詰め込んで造り上げたような、究極の美がそこにはあった。
女神だ。
いやマジで同じ人間とは思えん。
ダメだ!!
こんな醜い男が近寄るとか畏れ多い!
後退りして離れると脱げてたフードを慌てて深く被り直した。
しかし、何故か女神は別に眉をひそめるでもなく、俺の手の怪我に気づくとハンカチを傷口に巻いてくれた上に、奥さまに謝らないと、などと言い出した。
いや、なんで顔を見てるのに妻がいるとか思うんだ。
思いっきり否定するともしや旦那様が?とか想定外の返しがきた。
女性にしか興味はないと念押ししたが、どちらにしろ縁がないのは男性でも女性でも同じか、と内心で苦笑する。
腑に落ちないような女神(リーシャ・ルーベンブルグと言う俗世間の仮の名前があるようだが)に、恥を忍んで昔の黒歴史を語った。
その前から誉め殺しかと思うような好意的な言葉が女神の口から紡がれ、身の置き所がなくいたたまれなくなったからだ。
誉め殺し………あ、そうか。
俺は死ぬのか。事故かな。傷から雑菌が入るのかな。
そうか、死ぬ前にいい思い出を神様がくれるつもりだったんだな。
そう思うと今までの有り得ない話の流れもストンと理解できた。
まあ大したことない人生だったが、最期にこんな幸せな気持ちをくれるのなら、いい終わりかも知れない。
と凪いだ海のような穏やかな心になったところで、女神から爆弾発言が投下された。
「あのっ、そのっ、ダークさん、嫌でなければっ、良かったら私と、友達からでもいいので恋人になって頂けませんかっ?」
心臓が動きを止めた。
あれ、俺既に死んでたのか。
ん、いやでもまだお迎えが来てる感じがしないんだが。
止まってた心臓が恐ろしい早さでバクバク動き出した。
明らかにオーバーキルな発言だ。
もう俺の頭は沸騰寸前で、何をどう考えたらいいのかも分からない。
何だよ。俺の心の奥底にあるような淡い願望までほじくり返すのか。そこまでやらなくてもいい。
この世界に未練残させる気か。
その場にいることすら耐えられずにダッシュで逃げ出した。
自宅に戻り、出迎えたメイドの声もろくすっぽ耳に入らず、自室に入って扉のカギをかける。
ふと、手を見ると血に汚れたハンカチが目に入り、慌ててほどいた。
もう血は止まっていたので、急いで洗面台に行き、石鹸でハンカチの血を綺麗に落とし、シワを伸ばしてベランダに干した。
念のため、消毒薬と化膿止めを手の切り傷に塗り、ガーゼで覆っておく。
立っているのも何かしんどくて、ベッドに倒れ込んだ。
女神………いや、リーシャ・ルーベンブルグと言ったか。
彼女は本当に存在していたのか。
俺の妄想が作り出した幻なんじゃないか。
まあ、そうだよな。
俺と付き合いたいとか、こ、恋人になりたいなんて、普通の女性ですら疑わしいのに、あんなに綺麗な女性が言う訳ないだろ。
いや、でも、特殊な嗜好とかの人もいるかも知れないじゃないか。万分の一でも実は好意を持ってくれた可能性だって。
それを返事もせずに逃げ出すとか。
騎士団長ともあろう俺が敵前逃亡とは情けない。いや敵ではないが勿論。
こんな礼儀知らず、もう二度と会ってくれる訳がない。
せめてハンカチだけでも返して謝罪したい。もしも、許して貰えたならこちらからお願いするんだ。
いやダーク、冷静になれ。
俺は彼女よりめちゃくちゃ年上のいいトシのオッサンだろうが。
そんなこともう望んじゃいけない。
また傷つくだけだ。
醜くてモテない男をからかっただけだ。
………でも、本当だったら?
枕に顔を埋め、俺は悶々と答えの出ない期待と諦めを繰り返し、身を焦がすのだった。
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