第4話 また、いつか


 エマが髪をちょうど良い長さに整えて、肖像画に描かれた通りに結い上げて行く。

 みるみる変化して行く自分の様子に、少年は感動した。


 しかし、今まで髪でいくらか隠してきた左頬の痣がより一層目立ってしまう。

 大きなこの痣は、幼少の頃から不吉だと忌み嫌われていた少年の暗い記憶を蘇らせる。


「さぁ、髪は終わった。次は、化粧をしようね…………目を閉じて」


「は、はい」


 エマに言われた通り、目を閉じた少年の頬になんだかいい香りのするクリームが塗られる。

 ふわふわした柔らかい何かが、肌の上を撫でる感覚。


 何が起きているか見えない為、経験したことのない不思議な感覚に時折驚いて肩をビクつかせながらも、開けていいと言われるまで絶対に目を開けることはなかった。


「さぁ、鏡を見てごらん」


 そっと目を開くと、鏡の中の自分の姿に、少年は驚いた。


「痣が……消えてる」


 左頬の大きな痣はすっかり消えてしまって、その肌は白く美しいものになった。


「すごい、すごいです!!」


 パッと明るくなった少年の表情を見て、エマは満足げに笑った。


「まだまだ、これからだよ。肌を整えただけ。これからが、私の腕の見せ所よ」


 エマの手により、少年の顔は女に……肖像画通りの王女シャーロットに近づいて行く。


(わぁ……やっぱり、エマ先生の技術はすごいわ!! 私もいつか、エマ先生のようになりたい)


 フィリアは変わって行く少年の顔に見惚れていると、あっという間に少年は王女様になった。

 フィリアは魔女であるが、エマに憧れを抱いてこの店で働いている。

 将来は、エマのような美容家になるのが夢なのだ。




 * * *




「ありがとうございます」


 すっかり少年から王女へと変身した少年は、笑顔でお礼を言うと、さすがにドレスは用意できなかった為、来店時に着ていたフード付きの黒いローブを纏う。


「またいつでもおいで」


 一仕事終えて、一服しながらエマは少年にそう声をかける。


「はい……また、いつか」


 少年は一瞬、どこか困ったような表情になりつつも、笑顔でフードを被り、その姿を隠すように店を出て行った。



 フィリアは少年を見送る為一緒に店の外へ出た。


「気をつけてね……その、将来きっと禿げるから。その時は、私がなんとかしてあげるわ!」

「ははっ……大丈夫だよ。ありがとう、フィリア」


 たった数時間ですっかり仲良くなった二人。

 フィリアは名前を呼ばれて、嬉しくなった。


「あ、ところで、あなた……名前はなんていうの?」


 去り際、名前を聞いていなかったことに気づいたフィリア。


 少年は少し沈黙した後、変声期を迎えたその少し低い声で自分の名を初めて口にした。


「……シャルル。シャルルだよ」


 深くかぶったフードのせいで、その表情はよく見えなかった。

 しかし、フィリアは、なんだかその声に悲しさを感じる。


「じゃあね、フィリア。僕は行くよ……」


「ええ、またいつでも来てね、シャルル」


 シャルルは王都へと続く道へ、手を振り歩いて行った。




 その後ろ姿をぼーっと眺めていると、反対側から来た真面目そうな青年に声をかけられる。


「お嬢さん、魔女のいる美容店というのは、ここで間違いないかい?」


 今日予約を入れたご夫人の従者だった。


「そうですが……ご夫人はどうされました?」


「申し訳ないのだが、予約を変更したい。早急に、私と共に王都へ来ていもらえないだろうか? 奥様がそこでお待ちだ」




 フィリアとエマは、化粧道具一式を持って、王都へ行くことになった。






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