第3話 だって、男の子だもん
「髪の長さが足りないな……」
肖像画に描かれている王女のヘアスタイルにするには、肩ほどの長さしかない少年の髪は足りない。
さらに、普段から自分で髪を適当に切っている為、その切り口もバラバラで、一度髪を洗ってから痛みのひどい部分を切るとさらに短くなってしまった。
「フィリア、私が頼んでいた材料は市場に出ていなかったんだったね?」
「はい、エマ先生。新しい国王になるまでは、商売ができないみたいで…………」
エマは考え込んでしまって、うーんと唸りながら手を止めてしまった。
フィリアが市場に買いに行ったのは、エマが独自に作る偽物の髪を作るための材料。
このご時世に珍しく予約の客が来るということで、フィリアに買いに行かせたのだが、それがないなら、方法は一つしかない。
「無理なんですか?」
少年は不安そうに、エマに尋ねる。
「いや……方法がないわけではないが、その、女になりたいというのは、どうしても今すぐじゃなければならないのかい? 髪がある程度伸びてからじゃ————」
「それでは間に合いません!!」
少年は声を荒げた。
「時間がないんです。一刻も早く、女にならなければ……僕は————」
何をそんなに急ぐことがあるのか、聞いても少年は答えてくれなかった。
「仕方がない。フィリア……頼んだよ」
「は、はい!」
エマに頼まれて、フィリアは少年の後ろに立つと、懐から長さ20センチほどの木製の魔法の杖を取り出した。
「これから、髪を伸ばす魔法をかけます。でも、これは髪の寿命を縮める行為になります。将来確実に禿げますが、それでもいいですか?」
「…………将来?」
そう呟くと、少年は困った顔をする。
(そうよね、禿げるのは嫌よね……!! だって、男の子だものね!! こんなに美しい瞳をしているのだもの。頬の痣さえ隠してしまえば、きっと将来はこの国一の美男子に…………って、女になりたいんだったわね)
フィリアは何度も、彼は女になりたいんだ。この人は、こころは乙女。殿方が好き。と心の中で言い聞かせながら、自分の抱いた妄想をかき消す。
「————わかりました。お願いします」
「え、本当にいいの? 禿げるのよ?」
「将来でしょ? それなら、構いません」
(いいの!? ほんとに!?)
やはり、少年の瞳には一点の曇りもない。
鏡ごしにフィリアをその美しい青い瞳で見つめると、彼女がとても戸惑っているのが見て取れる。
少年は、振り向いて、まっすぐにフィリアの目を見て、彼女の魔法の杖を持つ手にそっと触れる。
「お願いします。僕は、大丈夫ですから」
にっこりと微笑まれて、フィリアの胸がまた高鳴った。
(ああもう!! なんてもったいない!! こんなに素敵なのに、どうして女になりたいの!? もったいない!!)
「わ、わかりました。では、鏡の方を向いて、目を閉じてください」
フィリアは少し頬を赤く染めつつも、一つ咳払いをして、乱れる心を誤魔化した。
そして、フィリアは魔法の杖で円を描きながら、呪文を唱える。
「サティク!」
杖から光が放たれ、少年の髪を包み込む。
すると、肩のあたりの長さだったブロンドの髪は、みるみる伸びて、床につきそうになる。
「あ……」
(しまった……伸ばしすぎちゃった!! これじゃあ、将来禿げるどころか、ツルツルになるかも…………)
フィリアの思いとは裏腹に、少年は鏡に映った自分の姿を見て感動し、瞳を輝かせてる。
「すごい!! こんなに伸びるなんて……!! さすが魔女のいる美容店はすごい!!」
「そ、そうでしょう? ははは……」
フィリアは笑ってごまかした。
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