第2話 魔女のいる美容店
「女にしてくださいって……言われてもねぇ」
店主のエマは受付のカウンターに肩肘をつき、煙管を吸いながら、フィリアと共に店へ入ってきた少年を頭から爪先まで舐め回すように見ると、ため息をついた。
少年の声はすでに変声期を迎えており、線は細いが、体型も少年から男性へと変わりつつある。
「ウチは美容店だからね。いくら魔女がいるとは言え、さすがに性別を変えるのはちょっと……」
この美容店は、魔女のいる店と呼ばれているが、ほとんどの場合その魔法で施術することはない。
店主エマの類稀なる美的センスと、その手の器用さと技術力によるもので、一度この店に入ると他とは全く違う美しさを手に入れることができる為、魔女のいる店と噂が広まった。
実際はただの美容店で、魔女が見習いとして働いているだけなのだが……
そんな噂を聞きつけた、一部の噂好きの女性達が通う店だ。
性別を変えて欲しいなんて、初めての注文だった。
「性別はできればでいいんです。せめて見た目だけでも、どうにかなりませんか?」
少年は本気だ。
その瞳には一点の曇りもない。
「まぁ、見た目だけっていうなら、どうにかなるだろうけどさ……その痣は生まれつきかい?」
「はい。子供の頃よりは、だいぶ薄くはなっていますが……」
少年は痣を隠すように左手で頬を覆う。
痣は頬骨のあたりから顎の下、首の方まで及んでいて、この傷を隠すところが先だとエマは判断した。
「まぁ、いいさ。先ずは中へお入り」
* * *
「それで、一体どんな姿になりたいんだい? 一口に女と言っても、色んなタイプがいるが」
エマは少年を鏡の前の椅子に座らせると、そのブロンドの髪に触れた。
フィリアは助手として、すかさずイメージを掴むのに用意してある肖像画をいくつか用意して少年の前に並べる。
美しいドレス姿の貴族の娘、最近オジ様たちに人気のセクシーな娼婦、黒髪の東洋風美人…………そのどれも、これまでエマが手がけてきた女性たちだ。
(男でも、お客様はお客様。久しぶりの仕事なのだから、しっかりやらなきゃ……)
フィリアはそう自分に言い聞かせながら、鏡に映る少年の綺麗な青い瞳を密かに見つめる。
少年は数回パチパチと瞬きをして、肖像画を眺めていたが、どれも違うようで、首を左右に振った。
「王女様に……シャーロット王女様のようにしてください!!」
少年は鏡ごしに映るエマに、しっかりとした口調でそう告げる。
やはり、その瞳には一点の曇りもない。
流石のエマも、少年の注文には呆れるしかなかった。
「シャーロット王女って………フィリア、あんた王女様の顔知ってる?」
「知ってるわけないじゃないですか。王女様ですよ? 貴族ですら、気軽に謁見なんてできませんよ」
「そうよね……貴族の客は何人かいたけど、流石の私も、王女様の顔なんて……遠くからでも見たことがないわよ?」
少年に聞こえないように、コソコソとそんな会話をしていると、少年は懐から1枚の紙を取り出した。
「これと、同じにして欲しいんです」
それは、ブロンドの髪に豪華絢爛なドレスを身に纏って微笑む少女の姿が描かれた肖像画。
シャーロット王女の肖像画だった。
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