魔女のいる美容店

星来 香文子

第1話 ラブストーリーは始まらない


「僕を、女にしてください!!」


 その少年は、店に入るなり大声でそう叫んだ。


「え……?」



 * * *



 王暦おうれき1669年、王都から少し外れた村に、一人の魔女が住んでいた。


 魔女の名前はフィリア。

 今年14歳になったばかりの、まだあどけない少女である。


 フィリアは朝早く王都から、見習いとして働いている店へ戻る途中で、近所に住む婦人と遭遇した。


「おはようございます」

「おはよう、フィリア。今日も店は休みかい?」


 珍しく王都の方から歩いて来たフィリアの姿に婦人は首をかしげる。


「いいえ、マリーおばさま。今日は予約が入っているのですよ。だから市場に行って来たんですけど……」


 市場は王都の中にあり、より安く安全に商品を仕入れるにはそこに行くのが確実。

 しかし、フィリアは何も持っていなかった。

 それどころか、手持ち無沙汰なのか長い瑠璃色の髪を束ねた、左右の三つ編みを手で交互に揺らしながら歩いていたのだ。


「ああ、市場はしばらくやっていないよ。知らなかったのかい? 数日前に王宮前で暴動が起きて、王都は商売どころじゃないのさ」

「ええ、暴動が起きたことは知っていたのですが、まさかあそこまですごいことになっているとは知らなくて……なんでも、近い内にシャーロット王女が処刑されるそうですね」


 暴動……というより革命が起きていたのだが、政治に疎いフィリアはそれがどれだけ今後の自分の生活に影響を及ぼしていくか、この時はまだ理解していなかった。

 それよりも、気になったのは王女の年齢の方。


「私と同じ年……まだ14歳なのに、処刑されてしまうなんて、なんだか不思議な感じです。まぁ、あの王女になってから、国が変わったのは私にもわかるんですけどね————」


 立ち止まってそんな話をしていると、フィリアの背後から、黒いローブのフードを深くかぶった人物が声をかける。


「すみません、お尋ねしますが……美容店は、どちらにありますか? 魔女のいる店です」


 フィリアはその声に驚いて振り返り、声の主を見る。

 下を向いている為、顔はよく見えないがその声から彼が男であることを理解した。


「まぁ、男の方が美容店ウチに用とは珍しいですね……」

「うち……ということは、お店の方ですか?」


 彼は、フィリアの手を取り、懇願する。


「どうか、僕をお店に案内してください」


 その時、風が吹いて、フードは外れ、彼のブロンドの髪が後ろになびいた。

 それと同時に、その左頬の大きな痣がはっきりと見える。



(まぁ、なんて美しい瞳————!!)


 彼はフィリアと同じ年頃の、瞳が綺麗な青色の少年だった。


 フィリアは、一目惚れというわけではないが、その瞳の美しさにときめきを覚えつつも、少年を自身が見習いとして働いている店へ案内した。




 そして、話は冒頭に戻る。


 ちょっとだけ、恋の予感に胸を弾ませていたフィリアは、店に入るなり失恋したのだった。








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