第11話 空気が嫌い。ギロチン。

 朝食が終わり、昨日とは逆のルートを辿って訓練場へ出る。


 僕たちが召喚された場所でもある訓練場は宮殿の中央、石造りの廊下を抜けて扉を開いた先にあった。


 かんぬきがカギになっている古い扉を開けると、夏を思わせる強い日差しと、カラリとした心地よい空気が身を包む。大統領や大勢の執事さん・メイドさんも一緒だ。


 豪華な内装の宮殿から外へ出る。遠目に見える石壁の下、日陰になっている場所は緑の苔が目立つ。茶色い土の地面に、まばらに生えた草の緑が鮮やかだ。

 

 昨日は遠目にしか見えなかった二本の木の支柱が目の前にあった。

 しかも支柱の下には、ちょうど人一人寝そべれそうな木の寝台が置かれている。そこには赤茶けた染みがべっとりとこびり付いていた。


「これは……?」


 クラスメイトが呟いた一言に、大統領が誇らしげに答えた。


「かつて国民を弾圧した魔王を処刑した、正義の象徴です」


「正義……」


「魔王は不正を見逃し、国民に重税を課して苦しめていました。私はそのような国民を率いて立ち上がり、魔王をこのギロチンで処刑したのです」


 世界史の歴史漫画で見た、フランス革命の時に使われたギロチンを思い出す。

 人が一人寝そべれる広さの寝台の上、斜めに角度が付いた巨大な刃がロープに固定されている。


 ロープを離すと巨大な刃が落ち、寝かされた人間の首を切断する仕掛け、だったか。

 僕たちの空気を敏感に察したのか、大統領は柔和な笑みを浮かべて言った。


「大丈夫。この道具をもう使わないために、あなた方がいるのですから」


「でも、ちょっと残酷じゃ……」


 青海がおずおずと遠慮がちにつぶやく。

 ほぼ同時、大統領は青海を睨みつけた。

 目が血走り、眉を吊り上げ拳を握りしめている。


 その気迫に青梅はおろか、他のクラスメイトも顔を青くしていた。

 飯崎や遠藤ですら例外ではなかった。


「魔王の一族は長くこの国を治め、不正を見逃し、私欲を貪り、民を苦しめました。私は国民の声に答え魔王を処刑したまでです」


「はっきりと覚えています。魔王をギロチンに送るときの民衆の叫びを。正義の御旗

の下に国民が一つになる瞬間を! あの時こそ我が国の栄光の始まりなのです! そして民衆の選挙で選ばれた私がこの国を立て直したのです!」


 大統領は胸を手に当て、もう片方の手を翼のように大きく振り上げて演説する。

 召喚当日のクラスメイトがまともに聞かなかった演説と違い、迫力に押され皆が感じ入っている様子さえあった。


 内容が狂っていても、イケメンが格好つけて迫力ある言葉でしゃべればそれなりに心に届くらしい。

 それに周囲の空気も大きかった。


 一緒に出てきた執事さんとメイドさんが大統領の演説が始まるや背筋を伸ばし、真剣な面持ちでそれを聞いているのだ。


 大統領の気迫を執事とメイドが支えている。賛同していると暗に匂わせる人間が一定数入れば空気は作られるのだ。


 そして空気は一度作られるとそれを覆すのは難しい。


「す、すみませんでした。魔王が処刑されて、国民が解放されて、良かったですね」


「ええ。そうですね。私も熱くなってすみませんでした」


 大統領は少し目を伏せて、青海に謝罪する。

 はっきり言うところは言い、頭を下げるべきところは下げる。そこにクラスメイトは感じ入った様子だ。


「なかなか立派な御仁ですね」


「……悪くねえな」


「ちゃんと謝れるって、やるじゃん」


 でも僕は、クラスがまとまるほど孤独を感じる。


 空気とは別の、疑った見方をしてしまう。


 僕は空気が嫌いだから。


 仕事があるので執務室へ戻ります、と大統領は宮殿の中へ戻り、今日の訓練が始まる。

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