第9話 訓練

 訓練終了後、クラスメイト達は部屋をあてがわれた後、メイドさんと執事たちにパーティー会場に案内される。


 会場の燦然と輝くばかりの内装に感嘆の息を漏らしていた。


 そしてピクルスに似た酸っぱいキャベツや、骨付きの豚肉、その肉汁をたっぷりしみ込ませた黒くて酸っぱいパンなどを大騒ぎしながら口に運ぶ。


 メイドさん、執事たちは料理を運んだり、クラスメイトの会話に混ざっていたりしたが、大統領は用事があると言って姿を見せなかった。

 ソースが口の周りについたり、大声でしゃべるたびにツバが飛んでも気にする様子もない。それほどに自分たちが手に入れた「リヒト」という超常現象に興奮冷めやらぬ、と言った感じだ。

 

 そんな風にバカ騒ぎをする彼らを残して、僕は早々とパーティーの席を後にした。

夜遅くまで彼らが修学旅行のようなノリではしゃいだりするのが聞こえてきたが、僕は自分にあてがわれた個室に入って、早々と眠りについた。


 修学旅行のノリが大嫌いだから。夜の会話は大体がノリの軽い話題だし、


「お前好きな奴誰?」


「僕は、~さん」


 と勇気を出して言うと


「俺らは好きな奴なんていねえよ」


 と一人だけ告白させられる。しかもその話がいつの間にか広められ、翌日の朝食の席では周囲の視線が痛い。


 好きだった子からは避けられ、挨拶すらできなくなり、視線と態度だけでお断りの返事をいただくという死体蹴りを食らう。


 それが僕にとって、修学旅行での一番の思い出、いや悪夢だ。

 誰かを生贄にして集団が楽しむ、そういうのは大嫌いだから。



 翌日。僕は夜がまだ明けきらないうちに目が覚めた。

 ダウンも綿も入っていない、ごわごわとした布をゆっくりと払いのけ、目を開ける。

 一人部屋として割り当てられたこの部屋は使用人の部屋の余りで、寝台と衣装用のタンス、身だしなみ用の鏡台に着替えくらいしか物がない。

 

 良い部屋はリヒトが使えるようになったクラスメイトや、カースト上位連中に取られてしまったから。

 

スマホの電池もとっくに切れてしまっており、暇つぶしは制服のブレザーの内ポケットに入れた本だけだ。

 

 枕元に立てかけてあるブレザーからそのうちの一冊を取り出し、手垢で汚れたページをぱらぱらとめくっていく。


Burg、stadt……

 

 知識を頭に詰め込むのはいい。


 目の前のことに集中できるから、黒歴史を忘れていられる。


 ノートもないから僕は一通り単語を暗唱し、文法を頭の中で繰り返して本を閉じた。

 夜の間にすっかり冷たくなった、石を積み上げて作った壁。四角い穴に板戸がはめ込まれた窓を斜めに開け、つっかえ棒で舌から固定する。

 外を見ると東の空は白み始め、西の空には満月が沈みかかっていた。

 斜め上方に開かれた窓からは強い日差しと、日本ではありえないほど湿度の低い風。

 異世界に来たという感覚が沸き上がる。やがて白んでいた空に赤い太陽が昇り始めた。

 

 昨日も見えた白い塔が、今は朝日を浴びて赤く輝いている。

 

 努力なんて無駄かもしれない。だけど、少しでも可能性があるのなら頑張ってみたい。


 僕は一人、部屋の中でリヒト発動させるための訓練を始めた。



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