第7話 光

「あなた方の心の奥底。そこで欲しいと思っていた力。それが形となった、リヒトと呼ばれる能力を与えられます。この国の古い言葉で、光という意味です」


 リヒトに、光……?

 その訳に引っかかるものがあったけど、他に気にする人はいないようだ。

 まあメジャーな言葉じゃないしね。


「ウチもできるかなー」


「ウチらも!」


 飯崎が剣を具現化したのを見て、他のクラスメイトも手を突き出したり、適当に念じたり、ごく一部の人間は痛いセリフを言い始める。


「お! なんか出た!」


「あっち~、指がライターにでもなった感じ?」


「あ、ウチ猫に掻かれた傷が治ってる! マジすごい」


 大体はファンタジーに憧れがあったのか、火とか水を出していたけど、中には遠藤のように傷を治癒させたり、特殊なタイプもいた。


「でも全体的にしょぼくない? これなら手品の方がマシ? さげぽよ~」


「俺のはそこそこだけどよ」


 遠藤が愚痴る中、飯崎が手にできた剣を振るう。

 竹刀の音よりもずっと重さと恐怖を感じる音で空気が切り裂かれ、同時に地面が溶けたバターにナイフを入れたかのようにえぐれていた。足元に落ちていたこぶし大の石までもが、包丁で大根を切ったかのように綺麗に両断されている。


「私のも、いろんな痛みが綺麗さっぱり消えたりするけどぉ」


 遠藤が自分の下腹部に手を当てて手を光らせている。いろんな痛み…… ああ。

 青梅は顔を赤くしているが、遠藤は動じた様子もない。


 しかし遠藤が回復系の能力を使うとは、意外だ。

 人を治したいなんて欲求があったのか。傍若無人なギャルでも、性根は優しいのかもしれない。


 ざっと見ると、全体的にスクールカースト上位のほうが能力が強い気がする。

 一方下位のカーストはそれなりの能力で、中には右近や青梅みたいに何も使えない人もいた。そして僕もその例にもれず、火も水も出ることはない。


 心からの願い、そう言われてもすぐには思い浮かばない。

 クラスメイトのほとんどが能力を手にしてはしゃいでいる中、何もできないでいるのが居心地がすごく悪い。


 日本でも惨めな思いをして、異世界まで来て惨めな思いをするのか。

 異世界召喚されたら、チート能力が身につくんじゃないのか。

 悲しくて惨めで、自分が大嫌いになる。


 一年半前のあの冬と、同じだ。


 だがスクールカースト上位でも何も使えない人間が一人だけいた。

 有田だった。


 掌を空中に向けたり、自分の体に触れされたり、地面や石を触ったりとありとあらゆる方法を試しているが何も起こる気配がない。涼風一つ起こらず草一本発えてこない。


 自分たちの能力にはしゃいでいたカースト中位~上位のクラスメイト達も、有田の必死な様子を見て気まずい様子だ。


 これがカースト下位ならば無視するかからかえばいいが、上位ではそうはいかない。

 飯崎も、遠藤すらも、周囲の空気をうかがって声をかけようか迷っている様子だ。


「そこの君」


 そんな中で口火を切ったのは、銀髪と顎鬚のイケメンスーツ、大統領だった。


「なんなんです……」


 有田は俯いたまま、何かを押し殺したように呟く。

 これがクラスメイトからなら返事すらしなかったかもしれない。今はカースト上位の有田だが、小さい頃はコンプレックスを抱えていた人間だ。


「リヒトはあなたの心の奥底の望みを叶えます。落ち着いて考えて下さい。あなたの夢は何ですか?」


「それは…… 医者になることですが」


 だが遠藤のように回復系のリヒトが発動する様子はなかった。


「医者、ですか…… ひょっとしたらですが、あの剣を持った彼に向かって何かを言ってみてください。目を見て、しっかりと認識して」


 有田は腑に落ちないような顔をしながらも、とりあえず飯崎の目を見て告げる。


「飯崎君、『その剣をしまいなさい』」


「あ? なにいきなり……」

 だが飯崎が最後までその言葉を口にすることはなかった。


 飯崎が有田の言った通りに剣を引っ込め、震える腕で構えていた剣を鞘に納めようとする。


「おい、有田、何なんだてめえ、一体何をしやがった」


 台詞と口調からは今にも有田に飛び掛かりそうなほどの気迫が感じられる。

 有田は肩を震わせ、気圧されそうになる。身長も肩幅も飯崎が高く広いのだ、喧嘩になれば勝敗は明らかだろう。


 なのに飯崎は歯を噛み締めながら剣を鞘に納めてしまった。


「これは面白いリヒトですね」

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