第4話 吃音

 翌週、明日に迫った文化祭に向けて準備が本格化していた。


 授業は午前中で休みになり、廊下も教室内も普段とは光景を一変させている。


 ウチのクラスは執事とメイド喫茶だ。誰かがノリで言った一言に食いつくクラスメイトが出て、それから議論が盛り上がって、執事喫茶にするかメイド喫茶にするかでもめて、


「じゃあ両方やればよくね? 議論マジめんどい」


 という遠藤の意見が決め台詞になって執事とメイド喫茶になったのだ。

 衣装の準備とか材料の調達、料理をどこでやるかなど色々と問題になったが、

 スマホでググりつつ過去の文化祭の話を聞き込みして何とか準備は進んでいった、


 一番難航しそうだった衣装は無地の黒い上下に白いエプロンを組み合わせ、少し衣装に手入れして何とか作ることになった。


 衣装合わせ、教室の飾りつけ、携帯コンロと調理器具、食材を入れるクーラーボックスの設置などやることは多岐にわたるが、各人が持ち寄れるものは持ち寄って予算を最小限に抑えることができた。


 ちなみに誰が言ったかわからなかったのは、クラスメイトの名前をそもそも全員覚えてないからだ。


 ほとんど呼ぶことも呼ばれることもないし、必要があれば机に置いてある持ち物の名前から推測すればいい。


 そのためにどこの席にどんな顔の人間が座っているかだけは大体把握している。

 名前まで覚えるのがめんどくさいし、その価値も感じない。


「遠藤―」


 名前を知らない目元を赤くメイクした女子が、入り口から遠藤を呼ぶ。


「なんなん?」


 ギャル遠藤は太腿の半分以上を露出させた短いスカートで足を組み、作業の合間にスマホをいじっていた。


「接客のマニュアルで確認したいことがあるって」


「わかった。ラインにあげて~」


 遠藤の薄い茶色に染めた髪が、指の動きに合わせて揺れる。


「やるのが教室だし、店とはやっぱ勝手が違うか~。動線の関係とか、色々考えなきゃだし」


 遠藤は席を立ち、呼んだ女子の下に歩いていく。


「悪いねー」


「いいって、これもアオハルだしぃ」


 作業をしている時間よりスマホをいじる時間のほうが明らかに長いのに、彼女がとがめられることはない。


 クラス内のカーストを最大限利用し、自分が貢献できる仕事だけきっちりとやり、最小限の仕事時間で集団の中でうまくやっている。

 世渡りが上手いというやつなのだろうけど、ああいう態度はなんだか好きになれない。


 目立たないカースト下位同士で集まり、僕は淡々と作業をこなす。 


「馬奈木、天井隅の、貼り付け、頼んでいいか?」


「一番背が高いし……」


 僕と一緒に作業をしているのは、右近と青梅。時々こうやって三人で集まったり、班を組む。高校に入学してからの付き合いで、こうして班を組むとか集団作業の時は一緒になることが多い。


 少し吃音気味に話す右近は痩せた男子で、スポーツでも勉強でもあまり活躍することなく、僕と同じように目立たない。陰キャらしく髪や服装もあまり気を使っていない感じだ。


 青梅は地味めの女子で、お下げにした髪以外アクセサリーやメイクといった外観の特徴はない。

 美人ではないがブスでもない、細い一重の目に眼鏡をかけた顔面偏差値平均点の顔だ。

 それでも僕にとっては青梅が女子の中では一番魅力的に映る。


「どうしたの?」


 手を止めて考え事をしていた僕が気になったのか、僕の顔を横から覗きこんでくる。 

 その際、前髪を軽くかきあげた。女子らしいその仕草に胸が高鳴る。


「な、なんでもない」

 

 内心の動揺を悟られたくなくて、僕は彼女から顔を反らし作業に戻る。

 その時一瞬だけ右近の視線を感じた。

 不快なものを見るような、そんな嫌な視線だ。


 僕もああいう目をよくするから、よくわかる。自分と気が合わない相手ばかりの集団にいるというのは、相当のストレスだ。


 お互いの気分を変えるために適当に話題を振ってみる。

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