第3話 未練


 通学に使う駅近くで、同じように帰り道を急ぐ有田を見つけた。

 風早駅は商店街とほぼ直結した立地なので、朝と夕方は人でごった返す。制服をきっちりと着こなしたインテリイケメンは、その中を単語帳を読みながら器用に歩いていた。


 期末までは日があるし、塾のテストなのだろうか。歩きながらも単語帳に目を通し、必死さがうかがえる。


 しかし左手の指が訳ありのせいか、すこしやりにくそうだ。

 学校行事との両立は大変だろうに、頑張ってるな。

 

 半ば感心し半ば冷ややかな視線でそれを見つめていると、単語帳を見ているため気付かなかったのか、人混みの流れに乗りながらすれ違った僕と軽く体がぶつかった。


「あ、すみませ…… って、馬奈木ですか」


 有田は眼鏡の下の瞳を細めて怒りを露わにする。

 体がぶつかったくらいで、とは思うけど、勉強に集中しているところを邪魔されたのだ。


 そこはわからなくもない。

 普段教室で見せている丁寧な態度の面影はどこにもなく、ただ下の人間を見下す醜さだけがそこにあった。

 僕のスクールカーストが下なせいもあるだろう。普段溜めている鬱憤を、僕だからぶつけたのだろう。


「ごめん」


 理不尽だとは思いながら僕は頭を下げる。

 彼に逆らって得なことなど何一つないから。

 彼は謝罪も返事さえなく、商店街の一角にある塾の中へ消えていった。


 努力しすぎると性格が歪んでくるし、一心に何かをなそうとすると回りが見えなくなる。

 そんな考えが浮かんでくる自分に吐き気がする。自分のことを棚に上げた理論を胸に、僕は駅への道を急いだ。


 外の景色をぼ~っと眺めて時間を潰しつつ、数駅移動した後に電車を降り、十五分程度歩いて家に着く。

 冷たくなった肌を家の中の空気が暖めてくれた。


「おかえりなさい、ちゃんと手を洗ってうがいしなさいよ」


 玄関からは見えない、台所からの母さんの声を聴くと、耳を塞ぎたくなる。

 気遣われることが辛い。


「わかってるよー、今やるー」


 空返事だけして、僕は母さんに顔も見せずに自室に籠った。

鞄の中身から今日の課題を取り出し、机の上に置く。 

 適当に読書しながら課題をこなすうちに母さんから夕飯に呼ばれ、食堂へと向かった。


 立ち上がった時に机の上に置かれた本の一つ。


 教科書でも参考書でもない勉強の本。それを見て、思わず苦笑する。


 まだ未練があるのか。

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