第2話 ホームルーム

 校庭の紅葉の木が頼んでもいないのに紅く色づき始め、百日紅の花がつるつるの木肌に色を添える。

 そんな秋口に、僕が所属する風零高校二年二組では、ロングホームルームの時間となっていた。


「来週に迫った文化祭について、シフトの調整を改めて行いたいと思います。誰か急に用事が入ったとか、そういう人はいませんか?」


 クラス委員長である有田が、真摯に訴えかけていた。眼鏡の奥の瞳には一片の曇りもない。

 中堅偏差値の風零高校では珍しく彼は医学部志望であり、学校の後も塾通いし、内申点を稼ぐために学校のめんどくさい役職を進んで引き受けている。


 正義感も強い、「いわゆるいい奴」だ。

 細身で眼鏡ときっちりと着こなした制服の似合う、いわばインテリイケメン。

 僕はクラスの出し物である喫茶店についての会議を尻目に、頬杖ついてぼんやりと窓の外を眺めていた。


 もちろん話の大まかな内容は聞いて、発言を求められたら答える。

 だけど自分からは決して発言しない。


「シフトもいいけど~、もうちょっと融通きかね? ほら、イケメンにナンパされることとかあるかもだしぃ」


 ギャル遠藤がアートされた爪を見せびらかすように挙手し、発言するとそれに乗っかるかのように別のギャルが意見を述べる。


「わかるー。そういう運命の出会いにシフトが邪魔したら、どう責任とれるん?」

「いや、イケメンはそういう空気読めねえナンパはしねえだろ」


 飯崎が太い腕を組みながら、ばっさりと一刀両断にする。

 スポーツ刈りと端正な姿勢の良さが目立つ、体育会系イケメンだ。

 彼は剣道部で、今日もロングホームルームの後に練習に行くはずだ。


「冗談って~」


 遠藤たちも本気で言ってはいなかったのだろう、軽く笑いながら意見を引っ込めた。

 言いたいことをはっきり言っても許されるのが、スクールカースト上位の特権だ。


 僕が同じことを言った暁にはどうなるか、考えたくもない。


 こうやって話し合うのが民主主義、みんなの意見を尊重し合うのが民主主義という。


 だけど話し合いで、僕の意見が尊重されたことはない。


 みんなで話し合うとき、「みんな」にあぶれる人間は必ずいるのにそのことは黙殺される。

 だから話し合いは嫌いだ。ついでに民主主義も好きではない。


 ポリコレくそくらえ。

 小さいことは色々あっても、全体としてロングホームルームはつつがなく、長引くこともなく問題が解決して終了する。


 起立、礼の無難な掛け声で今日も一日が終わった。

 


 ロングホームルームが終わってすぐに僕は昇降口へ行き、外へ出る。やや肌寒くなってきた風を受け、僕は制服のボタンをワイシャツからブレザーまで全て閉めた。

 ダサいらしいけど、身なりに気を使ったところでモテないのでもう諦めている。

 癖のある髪をワックスでまとめることも駅前床屋の数回分の値段で美容室へ行くこともお年玉をはたいてユニ〇ロやワー〇マンの数倍するおしゃれな服を買うことも一度きりでやめた。無駄な努力ほど虚しいものはない。


 校門までの道の途中に武道場があり、中から剣道部や柔道部の掛け声が聞こえてくる。

 だがそれだけでなく、時折風を切る音に続いて何かを打ち付けるような音が混じる。


「こら! 座るな!」


 武道場らしく足元に窓が設置されており、そこから中の様子が見える。

 飯崎が手に持った竹刀で、後輩を叩いているところだった。


「素振りまだ半分も終わってないだろうが!」


 飯崎より体格が一回り小さく、顔も幼さを残している。


 そんな後輩が赤く腫れた手で竹刀を拾い、延々と素振りを再開した。


 だが座り込んでしまったくらいだ、すでにフォームは乱れており、また飯崎の竹刀が飛ぶ。

 耳をふさぎたくなるような音がまた響いてくる。でも叩かれた後輩は、睨むことも黙ることもしない。


「ご指導ありがとうございました!」


 殴られてもお礼を言う後輩が可哀想で仕方がない。

 でも飯崎を注意する人間は誰一人いない。それが剣道部の伝統であり、飯崎と後輩の行動が剣道部の常識だからだ。


 普段善良そうに見える人間が、所属した組織の色に染まって悪人に変わる。

 組織とか部活って、ほんと怖いところだ。

 でもしごかれている後輩を僕にどうこうできるわけもない。


 それに彼もそれに納得しているのなら、僕が何かするのはお節介でしかない。

 飯崎も、あれで悪いやつじゃない。

 一年の頃から、朝も放課後も練習をしている姿を見てきた。休み時間すら机を使って腕だけで体を支えたり、ハンドグリップを使って体を鍛えていた。

 でも行き着いた先は、あんなだ。


 強くなりたい、強くしたい。その思いは本物なのだろう。でも。

 本物だから、厄介だ。

 善意でやっているから、ろくでもない行動に走る。


 下手に大会で結果を出しているから、顧問も後輩も止められないのか。

 考えることが嫌になってきて、せめて彼らが早く異常性に気が付いてくれることを祈って。 


 足取りも重く僕はその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る