朝の一騒動

 ───目が覚める。

「ふぁあ〜」

 身体を起こし、後ろ手で頭を掻きながら薄目で先ほどまで見ていたであろう夢の内容を思い出す。

 初めて見たはずの夢。それは朧気ながらも確信に繋がる。

 しかし夢の中で次々と並んだ言葉の群に、一種の明晰夢のような可能性を見出したのもまた真実。

 どちらにせよ、実にを見たということには変わりない。

 思考を放棄し、取り敢えずベッドから起きることを最優事項とする。が、身体はベッドの温もりから逃れることを良しとしない。

「くっ……!このまま動けずじまいなのかッ……!?」

 抗うことをやめ、欲望眠気の赴くままに布団の中へと身体を滑り込ませる。

「あ〜、今日もまた、昼頃になれば誰かが起こしに来るだろし、いいやー」

 布団の中の眠り姫へと思考を切り替えて、意識をゆっくりと微睡みまどろみの楽園へと向かうわせる。

「おっきろー!!」

 残り僅か数秒と待たずに眠れたところに、一つの怒声がそれをさえぎる。仔猫こねこのように高くて愛らしさのある声。それが誰の声であるかは、わさわざ見ずとも判別出来る。

「んだよリス。人様が優雅ゆうがにもうたた寝をしようという時に……」

 面倒臭そうに、我が寝室部屋への侵入者しんにゅうしゃの最大の特徴でもある雪よりも白くキメ長い白髪はくはつに目を奪われる衝動を抑え、そんな深雪の中で爛々らんらんと輝きが違う、深みのある蒼色の瞳を見つめながら二度寝の素晴らしさを説いてやろうかと口を開く。

「どうせアンタのことだから、睡眠の偉大さをアレコレと歴史の随所を歪曲わいきょくしながら語るんでしょう?違う?」

 先に開いたリスの口から放たれた滑らかな発音の口撃正論に、内心では多大なダメージを負って口を静かに閉じる。

「御託を並べるのは構わないけど、それよりも先に朝ごはんを食べてなさいよ。早く朝練がしたくて堪まらないの!」

 部屋の隅で壁に立て掛けられていた組み立て式の簡易テーブルをベッドから少し離れた位置に置き、テーブルの上には彩りあふれた実に様々な食材が綺麗に盛り付けられていた。

 見る人の十人中十人が綺麗と呼ぶに違いない盛り付けに、一人のよわい十六の少年は、冷や汗を背中から溢れさせる。

「え、作った? リスが? 一人で?」

 矢継ぎ早に放たれる疑問というより疑惑に近い心の声に、リスは頬を膨らませながら不満気になる。

「そんなに美味しくなさそうに見える? 一応これでも、リーシア叔母おばさんにも見ててもらいまったんだからね!?」

 いくら綺麗な盛り付けが出来ようとも、リスの手にかかれば食材が魔法を使ったかのように罰ゲーム用へと魔改造を遂げてしまう。それを許したのか母よ……。

「イヤだ!俺はこれから二度寝したいんだ!! たとえリスが相手でも俺を動かすことは出来まいッ!!!」

 取り敢えず、リスの手料理劇薬を食したりなんかしたら、指一本も動かせなくなるくらいに痙攣けいれんを引き起こすので、今はこの場からの撤退を試みる。

『まあまあ、一回くらいは挑戦してみない?もしかしたら、口に合うかもしれないよ?』

 突然、逃げ惑うまで数秒の脳内に声が響く。どこか揶揄うように、そしてどこか諭すような声音が、少年を踏みとどまらせようとする。

(そんなもん、お断りに決まってんだろうが。このまま俺が動けなくなったら、誰がリスのことを護るんだよ。)

『なにを言ってるんだい。 キミが危惧しているのはまだまだ先のはずだろ? それなのになんで、警戒しなきゃならないのさ。』

 やや呆れ気味に、そして疑念を混ぜて言葉を返す。

 確かに、このままの時間軸じかんじくに沿っていれば、なんの問題もない。

 だが、コレはそんな悠長に構えられるような代物なワケがない。

(知っているから怖がっているだけだ。 今までも、どれだけ覆しても変わらなかった。それに今回の《やり直し》は、結構無茶したせいで融通が効かん。だから、出来るだけ万全でいたいんだよ。)

 苦々しい色んな記憶が脳裏に入ってくる。

 この返事には返す言葉がないのか、脳内での会話はそれっきりに途絶えた。

「どうしたの? なんだか顔色が悪い気がするんだけど……」

 しまった。心配をさせてしまった、と後悔に苛まれるのは後にして平気な素振りをする。実際には余裕なんて、微塵もない。

「ああ、悪い。 今日の朝練を思い出したら、なんだが急に腹痛があることを忘れてたんだ。」

 少しだけ表情の和らいだリスに隠れて安堵し、計画的犯行に及ぶ。

「という訳で、今日の朝練はナシにしない?」

「…………ハァ」

 お? もしや、納得してくれはったん?

「ほら、早く着替えなさい。 あと十分以内に道場のふすまを開けなかったら、この朝ごはんを食べさせるから。いい?」

「えっ、お、お腹が痛いのですが……」

「何か言った?」

「いえ何も言ってないです。すぐに支度したしますので少々、お時間を頂きます!!」

「よろしい」

 色鮮やかな朝飯を盆に乗せ直して、部屋から出るリスの背中に、情けない声が届きかける。

「あっぶねぇ……」

『まったく。この体たらくでどうすんだい。』

(うるせぇ。それよりもさっさと、着替えんと朝練が辛くなっちまう……)

『まったくキミは……。本当は、あの子がキミに課すメニューなんて辛くともなんともないというのに………』

 本日二度目の呆れ声で小馬鹿にされつつも、黙々と動きやすい格好に着替えて階段を下っていく。




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蘇生術は時を刻む 藺日 凛 @igusarin

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