弊星最後の夏
山、入道雲、そしてクレーターが見えるくらい大きな月。彼女と出会ったのはそんな風景の中のある夏の日だった。
見ない顔だな、と思った。こんな田舎に住む者は小学生の自分でもほぼ全員把握してるし、かといってこのご時世に引っ越してくる人間がいるとも思えない。不審に思っている僕に彼女は近づいてきて、その疑問の答えを話してくれた。
「私、この星が好きだから」
そう語る彼女は、人口の多い都市から優先的に行われる異星移住を先延ばしにするためわざわざこんな田舎に独りでやってきたのだという。
彼女がトンと地面を蹴る。もはや以前の何分の一にも弱まった重力はそれを引き留めることもなく、彼女の身体は電信柱の上に一瞬で運ばれた。彼女の方を見上げると、夏の照り付けるような陽の光が視界を遮る。
「良かったら、私にこの村を案内してくれない?」
早く帰れと言われていたし面倒ではあったが、彼女とこのまま別れることに説明できない名残惜しさを感じ、結局夕方になるまで彼女と一緒に村中を巡った。村役場、小学校、駄菓子屋、廃線跡、川、雑木林、そして最後に神社に辿り着く。境内で休んでいると、地平線の向こうから惑星移住船がまた三機、赤い空を横切って離陸していくのが見えた。
「ねえ、まだ私に案内してないところがあるでしょ」
その言葉を聞いて真っ先に思い出したのは、山の頂上にある天文台だった。と言っても月があんなに肥大化してしまってからは碌に他の星を見ることができず存在意義を失い廃れてしまったけれど。そのことを教えると彼女は当然のようにそこに行きたがった。
「でも、僕今日は早く帰れってお母さんに言われてるから……」
「じゃあ行き方教えてくれるだけでいいよ。私今夜そこで過ごす」
言われるがまま道を教え、帰宅する。のらりくらりとした彼女とは打って変わって、家の中は慌ただしそうだった。
翌日、僕たち村人は全員異星移住のためにこの村を去った。移住船の発射場に向かう輸送艇の中に彼女の姿は見られなかった。
単に僕が見つけられてないだけなのか、更に移住が遅い地域にまた移ってしまったのか、それともこの星と一緒に運命を共にするつもりなのかは彼女にしかわからない。
飛行艇の窓から見える天文台のある山、その向こうには相変わらず厚顔無恥な月が浮いていた。
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