たのしい いせかい せいかつ NEXT!②
「添乗員さんどこやろ」
「あれちゃうか? 」
忍が、スマホを持った手を向ける。
空港に来るのは、ずいぶん久しぶりやった。
それも国際線となると、二十七年の人生で一度も無い。
お互い仕事帰りのまま合流したので、忍はジャケットを脱いだだけで、さほど大きくないスーツケースを転がしている。
こいつとは、小学生のころからの仲だ。何度か旅行も行ったが、相変わらず身軽なヤツやな、と思う。
人ごみの向こうで、レモンイエローの旗がヒラヒラ。その下には、同じくレモンカラーの制服を着た女性添乗員が立っていた。
「お待ちしておりましたぁ。このたびは我が社のツアーにお申込みいただきありがとうございますゥ。今回添乗員を務めさせていただきます『株式会社エヌ=ワイ=エックス』アン・エイビーと申しますゥ」
えらく日本語が流暢な、きゃぴっとした外国人ギャル。それが、その女の第一印象だった。
ベージュの髪を巻いて若作りしとるけど、だいたい二十台後半から三十代前半くらいやろか。
目尻の垂れた目元や口元のホクロが色っぽくて、マリリン・モンローみたいな上品さは無いんやけど、そういう古い映画女優を思い出す華がある。見られることに慣れていて、装うことにも慣れている……そんな特有の佇まい。芸能関係の人や、若手の経営者に多いタイプ。
もっと詳しく言うのなら。
ヒールは8㎝。この高さはうちならなら選ばへん。ヒールに履き慣れとっても、仕事でテクテク歩くんやったら、一般的に推奨されるヒールは5㎝まで。凹凸のある体は、典型的な洋ナシ体型。Aラインのスカートやったら脚が太う見えるけど、仕事着は体の線が出るタイトな裁断。会社から提供される制服やろうによう似合っとるし、『体のラインが出る』っちゅうことは、パーツになる布の数が多いということやから、添乗員の制服にこだわりと金をかけとるんが分かる。海外の旅行会社やっていうからぶっちゃけ不安やったけど、好印象ポイントや。
メイク。ファンデはマットなベージュピンク。差し色にヴァイオレット。崩れにくいから、あの透け感やったらグロスやなくてティント系のリップやろな。パール配合のフェイスパウダーとチークは、あのへんのブランド合わせやろか。普段使いにするには値が張るはずやし、こだわっとるな。しっかし、こんな『陽』なタイプの接客業で紫系の色使うとるなんて珍し――――。
……いやいや、やめよう。
うちはシャーロック・ホームズ的な思考を断ち切った。職業病で、ついつい見てまう。
あたりには、すでに10人を少し超えたくらいのツアー客がいた。待ち時間ギリギリになったうちらやけど、どうやら最後じゃなかったようだ。
「すみませぇん~。もう一組、お客様が合流予定なんですぅ。もう少しお待ちくださぁい」
「お姉さん、今日、何人くらいお客さんおるんですか? 」
「今回のツアーは、全部で十六名様がご参加しますゥ」
「へぇ。けっこう大所帯。あ、あの人らやないですか? 」
人ごみを縫って走ってくる二人組がある。
スラリとしたフォーマル寄りと、もこもこに着ぶくれしたカジュアル寄りのシルエット。
チェスターコートのほうが言う。
「すみません遅れました! サイトウとコジマです! 」
ダウンのほうは、チェスターコートの後ろで黙っていた。これがまた、非常に顔かたちがよく似た美形の双子なのでびっくりする。コートの下は、二人とも似たようなスキニージーンズだった。
「はぁい。サイトウ ランさん、コジマ リンさん。合流ですね。点呼取りましたらぁ、搭乗口に向かいま~す。お手洗いのお客様はぁ、今のうちに言ってくださぁい」
●
飛行機の席は、2・2・2で、三列だった。
添乗員がかぶるレモンイエローの帽子が、三つ前の席に収まっているのが見えた。
真ん中の列に座ったうちらとは通路を隔てた隣は、例の美形双子。
席でコートを脱いだ二人を見て気付く。
(男女の双子やったんやな……よう似とるから、一卵性かと思うた)
窓際に、カジュアルが好みらしい無口な双子弟(兄? )、通路側に、フォーマルが好みらしい社交的な姉(妹?)。似たような前下がりのハンサムショート。どちらも高身長の痩せ型で、よく見れば姉のブーツのヒールが高い。
「……ご夫婦でご旅行ですか? 」
一瞬、自分達に言われているのか気付かなかった。
チラチラ見ていたせいだろうか。双子姉が、通路越しに話しかけてきていた。
「ちゃいますちゃいます。幼馴染なんです。家が向かいにあるっていう友達同士で。そちらは、
「そうです」双子姉は、微笑みすらしなかったが、口調は優しかった。
「わたし、西藤 爛っていいます。こっちは児島 凛」
「双子なん? 」
「はい。はじめて二人で旅行するんです。親が離婚してから、長く離れて暮らしてたので」
「ラン、初対面に言うことないだろ」
「ごめんリン。ちょっとテンション上がってるみたい」
「ええよええよ。せっかく同じツアーに参加したわけやし、仲良うしよ。そのほうが楽しいで」
ポロポロと複雑な家庭環境を口にするのは、それだけこの旅行を心待ちにしとったからやろう。微笑ましい気持ちになった。
「うち、志村 明。 こっちは小鳥遊 忍。うちら大阪からなんやけど、二人は? 」
他愛もない交流をした。初めての海外旅行にふさわしい出会いだった。
けれど、十三時間のフライトのはずだった旅の始まりは、いつのまにか記憶がない。
いつ閉じたかも分からない瞼を開けると、そこはもう、うちらの知っている世界では無くなっていた。
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