たのしい いせかい せいかつ NEXT!①

 なぁ、ちょっとばかし、愚痴をきいてくれへんやろか。



 時はさかのぼり、江戸というくにがあったころ。

 どこぞの色町の近くに、マァ、それなりに栄えた呉服屋があった。


 屋号を『ちどり屋』、姓は志村。

 頼れる番頭、針子が八人。夫婦仲睦なかむつまじく、娘と息子がひとりずつ。


 商家いうんは、のれん分けってちゅう制度があってなぁ。

 のれん……つまり屋号を預けるんや。店主になるいうんは、出世やからな。子会社任せるんが、近いんやろか。

 これは今のチェーン展開なんかとは、ぜんぜんちがう。のれんを分けたらそれは親類というのも同じ。よっぽど信頼しとらんと、のれんを任せられへん。

 じっさい、兄弟が多けりゃ、兄を跡取りに、弟にのれん分けを、とすることもあれば、長年仕えてくれた番頭さんやらに、「好きに商売やってみい」と任すこともある。

 ちどり屋の店主も、ある時、店で丁稚でっちから二十五年勤め上げた番頭に、そろそろ店を任せてみいひんか、と妻に言うた。

 すると妻が言う。「せやかて旦那はん、番頭さん、そない遠くへやってしもうたら、ウチの小夜は、あと追って行ってしまうんやないやろか」


 小夜いうんは、呉服屋の一人娘や。その小夜ちゃん、じつのところ、番頭さんの息子とデキとった。


 店主も番頭も、身近に咲いた恋の花っちゅうもん初耳やった。知っとったんは女ばかり。

 お小夜には、見合いでできた許嫁もおったっちゅうのに、やれ「あの男はひ弱っぽい」やら「あの青髭男が旦那様になるのは嫌」やらと。針子連中はお小夜の味方や。

 父親連中、やいやい言うたが、若い二人、燃え上がる恋の花……土から根まで切り取るんは、そら無理や。心中されては敵わんと、オトンはしぶしぶ、お小夜はホクホク。番頭の息子に嫁入りされた。


 のれん分けしたおたなの行き先は大坂、お大尽の通り道。

 西国街道沿いの……つまりは、ま、コリャ、うちの実家のある場所やねん。


 ……これがどう愚痴になるって?

 うちには、この小夜と旦那の血が流れとうゆーこっちゃ。


 つまり、恋というものに運命を委ねがちな、ノリと勢い。けれどうちには、小夜にあったような、愛と成功を勝ち取るだけのガッツがあらへん。


 をんな二十七年花盛り。(と、うちは信じとる!)


 クリスマスを目前にして、なんて寂しいこの我が身……。

 愛。

 愛!

 愛がほしいっ!



 ●



「つまりそんだけの話なんやぁぁああ~~~」

「あかんあかん。ビール零れるて。やめぇ! 」


 突っ伏した居酒屋のカウンターはちょっぴり冷たくて、酒で火照った顔にはちょうどよかった。

 親友の小鳥遊たかなし しのぶは、眼鏡の奥の変わらん涼しげな眼でうちを睨むと、出汁巻きをお上品にチマッとつまんだ。

 洒落っけの無いスーツと黒髪。それで様になる、高身長と切れ長の目を持つクールビューティー。

 それが小鳥遊 忍という、うちの幼なじみやった。


「うう……うちのだしまきぃ……」

「からあげいるか? 」

「レモンかけてぇ」

「へぇへぇ。そんで? ミツルくんとはどうなったん」

「そらアンタ、前の前の彼氏やがな。ミツルくんのあとには、サトナカさん、その次がリョウゴくん……あああ最短記録や……! 」

「二週間やけ? 」

「ちゃう! 十六日! 」


 忍はライターで煙草に火をつけ、体をこちらに向けると、器用に横へ向かって紫煙を吐いて、たしなめるように言った。


「せやから言うとるやん。相手の好みに合わせて化粧変えンのやめぇって。相手はいつものお前を好意的に見とんねんで? 金髪でも、眉毛なくても、チンピラホストみたいな、そない真っ黄色の花柄スーツ着とっても、それが勝負服でええやないか」

「恋愛の勝負服と仕事の勝負服はなぁ、違うねんて。それにうちのポリシーではな、問題ないはずなんや。うちはどの服も化粧も好っきやねん。ゴスでもパンクでもクラシカルでもな。うちはどんな格好でも果敢にチャレンジしてきた。せやろ? 」

「せやな。アンタん化粧は整形級メイクや」

「うちはどんな服でも好っきや……。せやから、彼氏が好きなジャンルがあるんやったら、そのジャンルの女になる。アイプチ、つけま、カラコン……それは手段であって、道具で、うちが誇る技術や。何があかんねん。うちの個性は見た目だけかいな」

「ふつう、恋人なった次の日に顔変えてくるケッタイな女は引くで。やって、アンタのはファッションモンスターや。友達やったらネタやけどな」

「うえ~ん。カノジョもネタにしとくれやぁ」

「せやったらNSCの前で逆ナンせえ」

「ミツルくんがそれもん」

「え? あの元カレNSCで拾った男なん? オチついとるなぁ。M-1取れるでそれ」

「せやったら、いっしょにコンビなってくれる? コンビ名は『アパレル・アバレル』とかで」

「ええけど明日解散な」

「修学旅行か? 」

「傷心旅行やったら付きうたるで」


 いつから用意しとったんやろか。

 ピラリ。ビジネスバッグから出てきたんは、改札前でよく見る旅行会社の付箋つきパンフレット。南の島にチェックが入ったページを見せて、忍はシルバーの眼鏡のふちをキラリとさせた。


「どないや。行くやろ? 」

「――――愛してる」

「キモッ! チェンジ!」




 うちはいつだって、ノリと勢いで生きている。

 いつだって足りないのは、愛と成功の両方を勝ち取るだけのガッツ。あと幸福を引き寄せる運やろか。それとも、手持ちのカードで満足でけへん欲深さか。


……ああ、どうして、あないなことになったんやろなぁ。

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