●明日の先を愛すため●

 軋む扉を開く。

 壁一面に並べられた、書籍、ビデオテープ、ディスク、カセットテープetcの記録媒体。鬱蒼うっそうとした『情報』の群れ。

 その陰に埋没するようにして、彼の背中があった。


「ニル」

「晴光。いらっしゃい」


 ニルはいつも通り、柔らかく微笑んだ。


「そっか、今日だったんだね。十年ぶりにきみの顔を見たよ」

「おれにとっては、三時間ぶりくらいだ」

「そうなるかー」


 あまりにいつも通り。


「埃っぽくてごめんね。お茶でも淹れるよ」


 いや、違う。

(ニルにとっては、こっちが『いつも』なんだ)


 ニルは、資料を入れる箱をひっくり返して椅子にすると、マグカップを差し出した。

 ニルの黄色い瞳が、じっと晴光を見つめ返す。


「ここに来たってことは、何か話したいことでも出来たのかな」

「おれと話したあとのことなんだけど、『前』の『巻き戻し』は、またニルがしたのか? 」

「まさか。前回の起点は管理局だ。実家から局まで移動するのに三十分はかかるさ。他には? 」

「……言ってないこと、あるよな」

「あるよ。だって、全部言うほど僕は『仲間として』の晴光を知らないし、信頼できないもの」


 天井の電灯が、瞬きするように点滅する。暗闇の中で、ニルが飲み物をすする音がいやに響いた。


「……たとえば、そうだなぁ。セイズは『感染者』を今くらいの時期に『仕入れる』、とかは言ってない」

 ニルは微笑む。「次の感染者も、もうこの世界に来てるんじゃないかな」


「……その、仕入れられた感染者っていうのは、こないだ俺たちが保護した『召喚被害者』か? 」

「そうだよ。『前々回』は不良品はずれつかまされたみたいだけどね。それで、晴光はどうするの」

「おれは――――」


 晴光は、固く握っていた手のひらを、ほどきながら差し出した。


「おれもやる。ニルに乗るよ。こんなのは、おれたちで早く終わらせよう」

「ありがとう」


 ニルの小柄な手が、晴光の手を握った。


「おれたちは仲間だ」

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