管理局には五つの部隊があり、異世界人はここに所属する義務があります。

 管理局、中央棟。街を見下ろす上階に、『大会議室』と呼ばれる大部屋がある。


「13時30分。定刻となりました。開会いたします」


 巨大な円卓がある。円周にある座席数は、計七十二席。

 本日召集されたのは、五部隊それぞれの部隊長と、副部隊長、各担当者を含む二十四名。

 月に一度あるか無いかの、大規模な調査報告会議である。


「今回の議題は、連続召喚被害者案件についてです。では、お手元の資料、またはお近くのスクリーンをご覧ください」

 明かりを落とされた大会議室に、天井、壁、そして円卓の中央に柱のようにして、白いスクリーンが浮かび上がった。


「先日保護された召喚被害者『児島 凛』の記憶媒体により、重要な情報がもたらされたことを、ここに報告いたします。担当者、ご説明をお願いします」


 第二部隊からは、部隊長を含めた四名が出席していた。

 うちの末席にいるスティール・ケイリスクは、『記憶調査担当者』として口を開く。


「『記憶調査担当者』、第二部隊所属。スティール・ケイリスクです。――――え~、今から見ていただくのは、被害者から抽出された『召喚』前後の記憶となります。その映像を見ていただく前に、被害者の状態についての説明から入らせていただきます」


 『記憶調査員』は、適正者だけが採用される特務調査員である。視線を注ぐ権力ある者たちに対しては、不遜とも思える無関心さと、プロフェッショナルとしての矜持をもって、スティールの声色に緊張は無かった。


「被害者の名前は『児島 凛』。二十歳の青年です。出身世界は、基準世界番号〇〇八番『日本』の西暦2010年代的文化圏。これは本人の記憶から特定がされました。以上により、『日本人連続召喚事案』の被害者と見られます。

 彼は先天的に相貌失認の傾向があり、映像にもそれが現れていることを、事前に申し上げておきます。以上です」


「ご質問がある方は」


「さっさと問題の記憶映像とやらを拝見しようぜェ」

 つまらなそうに言ったのは、第三部隊の隊長、ミゲル・アモであった。

 第三部隊は、管理局の理念のうちの一つ『異なる世界の技術・文化の発掘、研究』を司る、探索・研究・開発の部隊だ。

 アフリカ系の小男の姿をした第三部隊長は、剃り上げた頭を掻きながら、そのギョロギョロした三白眼を資料に落としている。

 脇に置いているのはヨレヨレの白衣を羽織った部下二人だけで、彼らも徹夜明けのぎらついた目で、資料を舐めるように眺めている。この二人とも、技術者ないし研究員である。


 進行を務める第五部隊職員は、空気が読める男だった。軽く円卓を見渡し、いくつかの視線に頷くと、「では」と再生ボタンを押した。



 ●


 映像は、開放感のある屋内を歩くところから始まった。

「ここはどこなんだ? 」

「空港の待合ロビーじゃねえか? ほら、飛行機だ」

 天井まで一面ガラス張りになった窓から、飛行場が見える。


「……音がやけに遠いですね 」

 眉をひそめたのは、ブドウの房を髪の毛の代わりに垂らした女である。第五部隊の隊長、アルフェッカだった。

「被害者は、聴覚に異常は無いのですよね? 」

「はい。これに関しましても、後でご説明いたします」


 被害者の視点から見た空港は、事前の説明があったように、人間の顔が不明瞭であった。顔部分の画像度が極端に悪く、そのかわり、着ている服や髪のコントラストははっきりとしている。

 周囲の景色も、多くの記憶を診てきたスティールにいわせてみればかなり画像度が高く、光の色、反射して映り込むロビーの様子まで映画のように詳細だった。これは視野が広く観察眼が優れている証である。

 スティールはそのアンバランスな差を、相貌失認を持つ『児島 凛』という人が持つ『認識の世界』であると資料に書いて提出していた。


 視界の中に、女があらわれた。

 手持ちの小さな黄色い旗を手に、華やかな制服を着たツアーガイドは、凛を手招いて何かを言う。凛は短く、『遅れてすいません』と言った。

 今度は女が先導して歩き出す。向かうのは搭乗口だ。

 座席に座る。飛行機が飛び立つ。窓の外に遠ざかる人界の光景。青空。雲の上。落とされていく機内の明かり。


 そこから、リンの視界はたびたび明瞭さを欠くようになる。

 灰色にかすむ機内。窓の外の極彩の闇。音は変わらず遠く、耳鳴りが重なっていく。

 画面が完全に暗闇に落ちた。意識が落ちたのだ。しかし音声は変わらず、むしろ頭が痛くなるような歯擦音しさつおんに似た高い音がどんどん大きく膨らみ、場を支配していく。

 会議室の誰もが『止めろ』とは言わなかった。ジッと画面を睨んでいる。

 居心地の悪い余韻を引いて、画面が明るくなった。


 無数の白い玉砂利が敷き詰められた庭園である。


 黒い影を落とすこんもりとした低木や、濡れたように輝く青鼠色の飛び石、苔むした庭石。

 爽やかな藍色の空の下、広がる枯山水の奥には鳥居と竹林があり、遠目にも、青竹がみずみずしく輝いている。


 そこに、無数の人間が立ち尽くしていた。

 誰もが、ぼんやりと空を見つめている。

 庭園の、渦巻く小石の川には、不思議と足跡がない。明らかな『召喚』の瞬間である。


「これは全員召喚被害者そうか? 」

 ミゲルが机に乗り出すように画面へ顔を近づけた。


「……ざっと目視で三十名ほどか。このうち何人が生き残っておるのやら」

 逆に椅子に深く座りなおしたのは、第二部隊長トム・ライアンだった。

 青白い肌と逆立つ金髪、落ち窪んだ眼を持つハーフエルフは、荒れた指先で顎を支えて、薄く緑に色づいたレンズの奥を糸のように細くする。


「被害者が年々増えるわけだ。こうして旅行者をツアーに見せかけて攫っていたわけね。趣味が悪いこと」

 爪で画面をなぞる猫目の女は、戦闘部隊である第四部隊長、カマルである。女傑で知られる女は、女ライオンのような逞しい上半身を傾け、口元に憐れみを滲ませた。


 他の旅行客と同じく、リンもまた動かない。ぼんやりと視線だけを見渡している。

 そうして首を回した先に、とうとつに人が立っていた。

 リンは驚かない。その人物がそこにいるのが景色の一部というように。


 それは男だ。髪は顔の横に長く垂らされ、色は赤い。血色である。

 服はごく薄い生地の、白い生成りの着物だ。粗末というよりも、人形にとりあえずお仕着せを着せたかのような印象を持つ。そしてそれらの印象は、すべてリン自身の認識であった。


『かわいそうに』

 男が言う。

 右手がリンの胸に押し当てられる。心臓の上から鳩尾へと。左手は額を覆うように。視界がまた暗くなり、音が遠ざかる。


『―――――――――――――――――――』

 男は何かを囁き、吹き込むように、最後に音だけで笑った。

 画面がざらついていく。


 ――――ブツン。

 


 円卓に座す顔ぶれの表情は、開会直後よりも厳しいものになっていた。

 第二部隊長、痩躯のハーフエルフ・トム・ライアンは、司会進行をしていた部下からマイクをもぎとると、自ら話し始める。


「諸君、とくに部隊長諸君。見てもらった通りである。実行犯の映りこんだ記憶映像の入手が、今回で成されたわけだ」

「苦節三十余年、ってわけですわね」

 最年長の第五部隊長、アルフェッカがブドウの房を揺らしてうなづく。

「でも惜しいことにさ、顔がよく見えないんだよねぇ。特定にはまだ一歩って感じ」

 第四部隊長カマルは、厚ぼったい唇を触りながら不満げだ。


「――――そこで第三部隊と協力して、映像を解析にかけた」

 スクリーンに映し出されたのは、空港でリンを呼ぶツアーガイドの静止画だった。


「赤毛の男じゃなくてそっち? 」

「こりゃあ驚くぜ。ボーナスで第三ウチの予算増やしてくれよな」

 ミゲルが椅子の上でふんぞり返る。脇にひかえていた部下二人が、子供のように落ち着きをなくして体を揺らした。


「コイツに、ここにいる全員が見覚えがあるはずだ」

 全員がまじまじと画面を見つめる。


「骨格、手指の比率、肉付き――――この女は、我らが裏切者アン・エイビーと、99.252%同一人物だ」

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