『天女案件』『聖女さま現象』『勇者さま状態』これはすべて、魅了能力者によるハーレム状態異常を揶揄する職員間のスラングです。

 ――――アン・エイビーなる女を知っているか。


 人は呼ぶ。

 六年前の『アン・エイビー事件』こと『本の国襲撃事件』の実行犯。

 一人サーカス。ド派手ピンク女。歩くグロテスク。悪趣味パレード。大災害。『あの女』。



「……へぇ」

 カマルは頬杖をついて、溜息のようにそう言った。同席している部下の誰かが、怒気にあてられて「ひっ」と小さく悲鳴を上げるが、漏れた声は、それだけだった。



 六年前の混乱の最中、防衛にあたるべき第四部隊は、329人という五部隊最多の死者を出している。

 329人は、歴戦の戦闘員ではなく市街で救助に当たった戦闘特化ではない職員や、入隊数年以内の職員が過半数をしめた。

 彼らの多くはアン・エイビーの攻撃にまともに立ち向かうこと叶わず、その被害は建物の倒壊や二次被害によるものであったとされる。


 次いで被害が大きかったのは、局舎に常駐していた第五部隊職員である。

 役人であり、事務員であり、医療従事者であったりする第五部隊員たちは、第四部隊員せんとういんが救助を行う中で、後方の指揮を執った。

 玄関ロビーに運び込まれた救助者を受け取り、避難者に指示を出すというものであったが、607名の第五部隊職員のうち、459名が救助の支援に市街へ、そして160名が物言わぬ姿で帰還した。


 第二部隊は、広報担当が中心となって情報収集と拡散に奔走し、42名が死傷。


 第三部隊員員の多くは局舎に閉じ込められ、全員が救助されたのは十二日後だった。

 彼らは十二日間の孤立したサバイバル生活を送ったことになったが、大局的に見れば幸いであったといえる。


 死亡者は最も少なく、直接の被害にあったものは、休日で市街、または自宅にいた。

 死者の内訳は、当時の第三部隊長、通称ワンダー・ハンダー博士こと、半田はんだ佑野丞すけのすけ康太こうた隊長を含む11名と、閉じ込められた実験施設内の冷蔵庫で餓死することとなった二名の、合計13名。


 現在の第三部隊長であるミゲル・アモは、当時は非番の第二部隊員で、被害の救助にあたっており、当時のアン・エイビーと行き当たった人物の一人だった。

 ミゲル、そして第四部隊職員ハック・ダックは、アン・エイビーと交戦後、負傷し離脱。

 そのさい、身元不明の召喚被害者と思われる少年と、軽傷の『本』の少女を救助した。



 あの冬の日、高台にある局舎の門に立てば、眼下に市街地を舐めつくしていく炎が見えた。

 管理局職員以上に被害を出したのは、市街地に住まう無辜の人々であった。『本』の死者は5,728名。職員の六倍以上の死者を出していた。



「『あの』アン・エイビーが見つかったんだ。召喚被害者の記憶の中で、だ。……これの意味することが、諸君、わかるかね」


「六年前の事件と」

「連続召喚事件の関連性が」

「浮かび上がってきた、ということですね」


 トムの投げかけた台詞に、思わぬところから声が上がった。

 円卓の一角、赤いマントと白い面が、三つ並んでいる。

 大中小と並んだ第一部隊の職員。

 その発言は、それすべてが、今まで黙り込んでいた第一部隊隊長・セイズによる言葉だ。


「久々に声を聞いたねェ。また『顔』ぶれが違うみたいだけどサ、セイズ隊長」

「カマル隊長」

「自分が会議に参加するのが」

「失笑するほどおかしいことでしょうか? 」

「おいおい。アタシはなんも言ってないだろ? 深読みして空気悪くしてんじゃあないよ」

「失礼しました」

「人を疑う」

「仕事をしているもので」

「もういいから。ほら司会、睨んでないで。話進めてよ」


「……第一部隊長殿の提言の通りだ。これで前々から疑われていた、連続召喚被害事案と、六年前の管理局襲撃事件が、正式に関連付けられたことになる」


「つまり召喚事案の実行犯を捕縛できれば、襲撃事件の実行犯もまるごと捕まえられるっていうお得な状況になったわけだ? 」

「マダム・カマル。事態はそう単純ではないがね。期待できるという段階だが」

「嬉しい知らせだろ? こりゃあ予算増やすしかねえな」

「予算案はアルフェッカ女史に提出しろ。しかし事態は、重ねて言うが、そう単純でもない。ケイリスク記憶調査員から説明がある」

「はい」


 立ち上がったスティールは、視線で撫でるように円卓を見渡した。

 ジッと五隊長を含む二十名の視線を浴びると、数秒の沈黙ののち口を開く。


「……はい。では回りくどくなく言いますね。

 今回保護されたコジマ リンの記憶の話に戻りますが、彼の記憶には手を入れられた痕跡があります。

 ご指摘を受けた音声の不具合、映像の乱れと欠落。

 さらに幼少期までさかのぼって確認したところ、おそらく彼は、『少なくとも近親者一名の存在を意図的に忘却する処置を受けてている』と見られます。

 コジマ リンには、十一歳十一ヶ月を節目にして別れて暮らすことになった、年の近い妹、ないし姉がおり、その人物もまた、あのツアーに参加していたと見られます。スクリーンをご覧ください」


 モニタに、記憶から抽出された短い動画が映る。

 それは、空港のロビーを歩く数秒を切り取った動画だった。ガラスに映り込むリンの姿が……いや、リンに重なっている、髪の短い女の姿が映りこんでいる。

 次は幼少期のリンの記憶だ。答案用紙に向かう手に握られた鉛筆には、『コジマラン』の文字。

 他にもささいな、消しきれなかった存在の『名残なごり』が、証拠として上げられる。


「実行犯の意図はひとまず置いて、彼の担当者として発見した可能性を、他にも提言いたします。次はコジマ リンから採取した細胞から得られたデータ、面談による診断結果です。モニタとあわせて資料もご覧ください。このデータで、彼が今までの召喚被害者と違う点が見受けられます」


 資料をめくる音が重なる。


「コジマ リンは、②型の細胞を持っていることが分かりました。②型と呼ばれる適合型は、統計上95%の確率で『先天性異世界人』という実験結果が出ています。

 面談においても、彼は筆記においては認知を確認できなかったものの、言語においては、保護当初からこちらの言葉をきちんと理解できており、これも先天性②型の特徴に合致します。

 つまり彼が召喚被害にあっても生き残ったのは、必然性があったということです。

 問題の、同じく召喚被害を受けたきょうだいである『コジマラン』の生存も、おおいに期待ができるかと思われます。以上です」


「ケイリスク調査員、おおいに感謝する。苦節三十年余り、我々はこの連続召喚被害の原因解明に心血を注いできた。ここで突然その原因の方から飛び込んできたわけだ。

 では諸君、協議するまでも無いと思うが、我々がするべきことと思われる行動を提言したい。

 我が第二部隊は、『コジマ リン』における記憶修正を試みる。第三部隊にも協力を願い、並行して、今まで通り召喚被害者の保護。そして『コジマラン』の捜索も行う。これは無数の星の中から新しい星を見つけるようなものではあるが、可能性が無いわけではない。

 第五部隊には、今までの新規保護の対処と同じく、コジマ リンの生活におけるケアをお願いしたい。

 第四部隊には、いつも通り現地調査のさいの護衛を。第一部隊には、コジマリンの護衛をお願いする。――――万が一にでも、無作法者によって『証拠』が失われないように」


「承知しております」「おまかせください」



「異論、質問、提言は? ……無さそうだな。では閉会。これにて解散とする」

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