第44話

 男は言った通りこの黒い竜の背中に乗り、俺達をゆっくり降ろしてくれる。

 あまりにも竜が大きいせいで『乗る』という感覚よりも『飛行機やヘリコプターから降りて久しぶりの大地』みたいな感覚だったが、この大地も空を飛び高速移動しているらしい。

 やってること飛んでる飛行機から飛んでる飛行機に移った、と同じこと言ってる。俺は何を言っているんだ。

 ちなみに、この男に抱えられていた時よりも空気抵抗を感じないのは、身長二倍ほどある鱗の傍に隠れているから。

 この男よりもスピードが出てないから、ジェットコースターに乗った時に掛かると言われている『G』というやつもあまり感じない。


 どうでもいいけど、俺は飛行機もヘリコプターもジェットコースターも乗ったことが無い。初めての空の旅が男の腕の中と竜って、どうなってんだよ。



 そういえば。

 誘拐された時も、飛んでいた時も、この男の顔を一度も見れなかった。

 空を飛んでいるから、燕に似た空を飛ぶ能力を持った人間かと思ったけど、全く違った。


 人間じゃなかった。

 化け物だった。


 まず、顔の形から人間じゃなかった。

 イノシシの様な、サイの様な、ブタの様な、何て言えばいいか分からないけど鼻が前に出ている顔の形で。

 その鼻みたいなやつは、ゴテゴテとした石みたいなものがいっぱい付いて、血や内臓とは違うグロテスクを感じた。

 目は俺達の二倍くらい大きくて、口はどこにあるか分からない。けれど、言葉を発しているから無いわけじゃないのはなんとなく分かってる。

 それ以外は普通の人間だった。

 二つの手、二つの足がある。肌は俺達みたいに肌色で。

 世紀末衣装みたいな黒い服は、バキバキに割れたお腹につい目が行ってしまう。


「……お前達は、異世界から……魔物が存在しない場所から来たんだろ?」

「えっ……まぁ、そうですけど」

「どうだ、このドラゴンの乗り心地は」

「ドラゴンの……速い、ですね」

 突然そんなこと聞かれても困るし、当たり障りのないことしか言えない。。

「お前は?」

 今度は、急子に聞く。

 そういえば、いつもうるさい急子がありえないくらい静かだ。

「ひっ!……えと、えと……」


 どうやら混乱しているようで……というか男の見た目が怖すぎて、俺を盾にして隠れる。

 服を思いっきり握り怖さを紛らわそうとするのはいいけど、服が伸びるから出来ればしないでほしい……なんて、言える状況じゃないか。


「まぁ、突然連れてかれたやつから声掛けられたら、そういう反応にもなるか。安心しろ、悪いようにはしない」

「……あの」

「なんだ?」


 ……確かに、この顔面で、お腹に響くような低温は凄く怖い。

 急子がいなかったら声も出なかったかもしれない。

 今は、急子が怖がってるおかげで逆に落ち着いてるし、怖がってる女子の前だから少しでも良い面を演じていたい。

 そういう邪な思考のお陰で、質問が出来た。


「貴方は、誰ですか。多分人間じゃない、初日に聞いた……魔人?」

「その通りだ。俺は魔人という種族に分類される人間だ。見るのは初めてか?」

「は、はい……」

「そうか。だが、俺みたいにここまで顔が歪んでいるやつは少ない。魔人族全員がこんな面してるとは思わなくていい」

「そう、ですか」

 でも、貴方が怖いことには変わりないじゃないか!

 心の中の臆病な自分が、心の広い海に向かって叫んだ。


「えと……それともう一つだけ、聞きたいことが」

「いくらでも聞いていい」

「……自分達は、どうなるんですか?」


 これは、連れていかれた時から思っていたことの一つ。

 殺されるのか、拷問を受けるのか、それでも牢屋とかに入れられても可笑しくない。


「……」

「……」


 黙る。

 胡坐を搔きながらゆっくりとした空を眺めながら。

 言ってもいい物なのかどうかを考えているのか、それとも言ってはいけないから適当な物をでっちあげようとしてるのか。


 竜の翼は今もはためかせる。


「人質だ」

「……え?」

「人質、分かるか?お前達を使って、人間との戦闘を有利にしようとしてるんだ」

「そ……それは、人質の、い、意味は………分かる……」


 人質。

 ひとじち。


 ギュッと。

 背中に掛かる力が増された。

 俺の服はきっと皺くちゃになり、捲れた背中が寒い。


 おかげで、また思考が安定してきた。


「人質ってことは、死なない、ですか?」

「当たり前だろ。お前達が不自由にならないよう俺達は努力する」

「そう、ですか」

「そんな心配するな。後ろに隠れてる女も、頑張っているお前も。三食飯は付けるし、仕事しろとか言わない。欲しい物は……限度はあるが、なるべくくれてやろう」


 人質にしては随分な待遇だ。

 逃げ出さないように、足に大きい鉄球付けて手首を壁に付けて牢屋に入れられるようなものが浮かんだが。


「……ほ、ほんとうに?」


 急子が俺の背から顔を覗かせて、普段しないようなめちゃめちゃ可愛い声で男に問うた。

 急子ってこんな可愛らしいやつだったか?いつものちょっとうざい漢字の幼女はどこいった?


「あぁ、本当だ……と言っても、俺達の文化がお前達と合わなかった時は許してくれ」

「……そう、ですか」


 そう言って、服握る力をゆっくりと解けていき、ずるずるとその場で崩れ落ちた。


「急子?」

「…………スー」

「ね、ねてる?」


 頬に涙を伝わせながら、死んだようにその場に倒れた。

 一瞬何かされたかと思ったが、寝たと気づき、ほっとする。


「極度の緊張が解けて寝てしまったか。ほれ、こっちに寄せるといい。こちらの方が平らで寝やすいだろう」

「は、はい」


 言われた通り、倒れた急子を平らな場所に持っていき寝かせてあげた。

 伝った涙が地面に……いや、竜の鱗に落ちると、また一滴目から落ちていく。


「こんな子供がな」


 そういう魔人の男は、どこか儚げな顔をしていた。 

 魔人だからとか、誘拐してきたとか、顔が怖いとか。

 警戒は解いちゃ駄目だと分かってはいるけれど、なんとなく、良い人だなと思ってしまった。


 竜の翼は今もはためかせる。

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