第41話

 木の上から生徒達を覗く七は、右往左往する生徒達をケラケラと見ながら『歩き茸のソテー』を食べている所だった。

 切り身を入れて適当にバターを置いて火魔法でじっくりと炙ったそれは、バターの香りがガムシャラに戦う生徒達に匂いが届いてなければいいけれど。

 なんて、そう思ったら風魔法で匂いが届かないようにすればいいのに、それをしないのは、緊張しないでほしいとか、大したことない相手だと思ってほしいとか。



「それはそうと、随分と活き活きとした魔法を使うわねー。流石は私の弟子」


 この世界でも、初めて魔物と戦う人はこんなクソ雑魚茸を目にしただけでも恐れ戦く人が多い。

 それなのにどうだろう。


 自由奔放に魔法を操り魔物を屠る彼女の顔は、逃げ惑う他の子達よりも、熟練の剣士よりも、何億倍もいい顔じゃない!


 こうじゃないと首を傾げ、突進を喰らいそうになりちょっと慌てて、最小限の魔力で下から氷魔法で貫いた。

 新しい玩具でどう遊ぼうか考える子供のように。

 師匠として……いや、一人の魔法使いとして、魔法という概念が存在しない世界の人にこれだけ魔法を愛してくれて、嬉しい。




「随分楽しそうですね、七せんせ」


 木の幹一つ挟んだ枝の上。

 澄みきった青少年の声に、なんとなく『真隣に来られなくて良かった』と、内心呟いた。


「今は訓練の時間よ、にのまえあいだ

「ありゃ、サボりを見逃してくれる先生かと思ってたのに」

 残念そうに語る彼。

 その姿は見えないが、肩をがっくりと落とす姿をしてそうだ。

「……まっ、貴方は優秀だから見逃してあげるけど」

「そう言ってくれると信じてましたよ七先生。いやー、あんな化け物僕には殺せないですよ」

「口が回るわね」

「嘘はついてないですよ」


 実際、彼は一体も殺してない。

 ただそれは、歩き茸に対して恐怖を抱いてるとかではない。


「貴方、天守閣大和を見たいがためにここに来てるでしょ」

「大正解です。お礼に歩き茸要ります?」

「要らないし……あと結局殺してるじゃない」

「そりゃそうですよ。嘘付いたんですもん」

「この生意気なガキ、誰かなんとかしてくれないかしら」

「せめて悪口は声に出さないで言ってほしい―――あー!見てくださいよ先生!!大和ちゃんが凄いかわいい!」

「はいはいそうね」


 うちの弟子の方が可愛い。



 歩き茸を放ってから約三分くらいだろうか。

 先頭が苦でない物達は、次々に歩き茸の死体の山築き上げており、その倒し方にも個性がある。


 例えば角寺業。

 彼お得意の蟲達をフルに使い、生きてる死んでる構わず歩き茸を食い荒らしている。彼に関しては死体の山を崩しに行ってる。

 彼の周りには誰一人として近寄ろうとしないので、その存在感が凄い。

 最初に一目散に逃げた子達が、一度彼の方向に逃げたのにわざわざ方向転換してまで離れたのは見てて面白かった。


 次に印象深いのが高飛車火南。

 一昨日の訓練は、というより直前まで突っ立ってたというのに、今では破天荒に能力を使い燃やしに燃やしてる。

 森に火が移らなければいいけれど、そこまで見て無さそうなのが少し怖い。後で伝えておこう。


 稲庭稲は上手く能力が効かないようで普通に槍で倒している様子。

 彼の幻術能力はこの世界どこを見ても右に出る者はいないが、理性無き生物相手にはどうも効き目が悪い様子。

 それでも、女の子の恰好をしているのは、精神衛生の為か、それともそういう訓練か、ただの趣味か。

 その友人の佐藤達也も、意味が分からないように彼(彼女)を見ながら剣を振るってるし。

 どれにしろ、彼の思うようにするのが一番いいだろう。見てて面白いのはこのクラスで一番だ。


 美咲賀斗琴は安定感という一面ではこの中では一番高い。

 あの日から無表情で物を殺す姿は変わらず、人が変わったように無言で『処理』する。

 やはり、人を殺すときから精神が可笑しくなったのは否定出来ないか。反省も公開はしないし、それ故にこの強さを手に入れたと思えば、良しと考えるしかない。


 弓矢の二人はどこから射ったら仲間に当たらないか試行錯誤している様子。

 二人は的しか狙ったことが無い。

 故に、射線に味方が被らないようにとか考えなくてはならない。

 速水銀子や高飛車火南の遠距離魔法は、それを距離を詰めて解決したが、弓矢でその行動は論外だ。

 この二人は、個人的に遠距離の要だと思ってる。

 これを糧に成長してほしい。


 桜燕は空から応戦する。

 一度地上に降り剣で斬り付けようとして、しかし当たらないから空に逃げる。

 どうにも怖がって腰が入ってない。それを繰り返した後、諦めて空から適当な中級土魔法を使って押しつぶしている。

 それでいい。無理なことを無理にせず、今出来ることで対応する。

 せっかく翼を持っているのだ。色んなことを試して、色んな事が出来るようになってほしい。


 姫兎雀は白兎とカラスの二匹を駆使して歩き茸を倒してる……かと思いきや、どうやら今回は彼女一人の様子。

 おそらく、あのカラスに何か言われたのだろう。

 自分のアイデンティティを封じて初めての戦闘をしているのは意味が分からないが、槍はしっかり使えてるので特に何も言うことは無かった。


 金剛翼は一番目の前で一体一体倒している。

 歩き茸は最弱の魔物としてあまりにも有名だが、一応突進攻撃をする習性がある。

 それを事前に聞いていたわけではないが、その突進を大盾で一度受け、確実に大槍で確実に仕留める。

 絶対盾はいらない威力の突進だが、臆病故の戦法だし、臆病は臆病でも良い臆病なので特に何も言わない。

 むしろ、初めての戦闘でこれだけ自分の戦法が出来上がっているのは、彼と角寺業くらいだ。


 菊嬢きくじょう竜虎りんこと見玉合居、南川みなみかわあゆむはガムシャラだ。

 両手に剣を持つ双剣をスタイルの菊嬢竜虎だが、聞き手の右手しか使えてない。

 それに、肝心の妹がいない。【竜馬虎搏】はその能力を持っている物同士が近くにいないと力が十分に使えない。

 合居に関しては、戦闘が単純に不得意だ。【能力無効】は能力が効かないという唯一無二の能力だが、ただの戦闘だと紙切れ並みに役に立たない。突進を咄嗟に避けて、剣で刺し殺す。

 南川歩に関しては、経験不足としか言いようがない。

 もちろん、ここにいる全員が初めての事だが、彼の能力【切磋琢磨】は、日にちが経てば経つほどその効果を発揮する、と言われている。一週間しかこの世界にいない彼は、まだまだと言ったところか。

 それでも、どこか変わろうとしている雰囲気。

 だから、ガムシャラ。


 クラスで一番派手な能力をしているのは美登利みどり佳歩かほ

剣山けんざん刀銃とうじゅ】という能力は、虚空から無数に剣を飛ばす能力らしく、歩き茸など無残に細切れにされてしまった。


 穴隠あながくれ熊野くまのは……何と言えばいいだろうか。

 ヒットアンドアウェイを繰り返していると言えば聞こえはいいが、泣き叫びながら逃げつつ泣き叫びながら槍を突いて泣き叫びながら逃げてる姿は、もはや戦闘じゃない。

 怖いのは分かるがしっかりやるべきことをしているのは、彼女のいい所……?


 若頭わかがしら右玉うぎょくは、このクラスの数少ない棍棒使いだ。

 他の者は剣で斬ったり魔法で燃やし凍らし、だが、彼が棒を一振りすれば歩き茸は拉げて倒れ伏した。それにしても顔が怖い。


 そして、さっきからうるさい一間の彼女の天守閣大和は、元の世界で『空手』という素手で戦う技術を身に着けていたらしく、なんと一度殴ってから剣で斬りかかるという荒い戦い方をしている。

 ハッキリ言って理解不能、最初から剣を使ってほしいが……それでうまくいっているから不思議だ。なんて言おうかしら、この子に関しては三間天飛に丸投げさせましょうか。


「あれが可愛いの?」

「正直あれは正直可愛くない。なんで初めから剣使わないんでしょうね」

 彼氏にも言われてるじゃない。




 歩き茸の群れが出てきて十分もしないうちに、全ての歩き茸は討伐された。

 何体いたのかしら、軽く百や二百は超えてるだろう。

 まぁ、歩き茸は放置すれば増殖するし、魔王復活で魔物全体が活発になっているのだ。

 これだけ集まっても可笑しくはない。


 三間天飛が集合の合図をし、ばらばらになったクラスメイトを集める。

 一間も木から飛び降り、何気ない顔で皆のいる所戻る。

 沢山逃げ回った人がいる。ひ、ふ、みと数え最初と人数を確認すると。




「あれ……」

「誰かいない?」

「先生!隊長!振羅ふらがいねぇ!」

急子きゅうこちゃん!どこいるのー!」


 振羅ふら美剣みつる戦雷せんらい急子きゅうこがいない。

 嫌な予感。

 ただ、その嫌な予感は予感ではなくなった。


「天飛隊長!」

「誰だこんな時に!」

「私は片美濃響に仕えている侍女です!」

「片美濃の……!話せ!」

「はい!響様は経った今目が覚め、【未来予知】が発動したそうです!内容は―――」



「―――『クラスメイトの誰かが訓練中に魔族に連れ去られる』だそうです!」



 それは、あまりにも遅い予知で。

 魔族との戦争に、一歩近づいてしまったことを知らせる言葉だった。

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