第36話
「さてと……そろそろ立つのも疲れたし、お腹も空いたし、部屋に戻るね」
「そうか。俺も腹減ったから一緒に食堂行くか?」
「えー。こんな風に取り繕ってるけど、考える事多いから一人で部屋で食べるよ」
「……そうか」
一回目の『そうか』はいつもと同じ。
二回目の『そうか』は少し残念そうに。
「そんな残念そうにしないでよ。キモいよ」
「……お前の顔は分からないけど、そういう時に言う罵倒は適当言ってるだけってのは知ってるぞ」
「あー、そんなこと昔言ったね。でも、考え事多いのは本当だから」
「……もっと、俺達の事頼っていいからな」
「んー……」
……。
「ん、分かった。これから沢山頼りにするよ。異世界だし」
「異世界関係なしに頼ってほしかったんだが」
「とゆか、元々結構頼ってた方だと思うけど、覚悟してね。私、頭はいいから」
「嫌と言うほど知ってるよ」
「そっか。それじゃあね」
「ああ、じゃあな」
……。
『頼っていいからな』
別に、普段から頼っていた気がするんだけどな。
頼る頼られるってなると、頼られる方が多いけど、私も先生に頼れないこと待った気に三人に頼る。
それくらい大きい存在なんだけど、なんか―――。
「―――なんだろ。ほんと、なんか……ヤな感じ!」
☆
七が教室から出てポツンと一人になる。
「私は……私は、何をしてるんだろう」
前の世界と比べると少し不出来に感じる窓は、雨音を消してはくれない。
―――頭痛。
諸々の重圧で忘れていた、全身に襲い来る怠さや低気圧による痛み。
……いや、単純に寝不足とかもあるか。
結局あの後、血を洗うためにシャワーを浴びて、落ちた気がしない血を何度も擦り、一人で眠ろうとしてもどうしても寝れず。
「ほんと、頼りっぱなしだ」
もしかしてと思い、深夜遅くに銀子の部屋に潜り込み、そのまま勝手に横で寝た。
そういえば。
「メイドさん……絶対分かってるだろうな」
私が部屋に入る所を見られた。なんなら目と目が合った。
ただ……どうしてか分からないが、十中八九精神的に疲れていたからだと思うが、お互い何も言わずに頷いて終わった。
「流石に釘は指しておこう。
…………それを言うために、今日も部屋に寄るか」
ついでに、寝る。ついでだ。
あいつといないと、多分寝れない。
そんなくだらないことを考えていたら、さっきよりは身体が軽く感じた。
「ひっ……!」
……?
階段を曲がる際、声の高い悲鳴が聞こえた。
「あ……先生、でしたか」
「あぁ、穴隠か」
穴隠には申し訳ないことを思うが、身長が低く全く視界に入らず気付かなかった。
しかし、こんな部屋でもない教室や変な部屋しかないこの階に、どうしたんだ。
「どうした、こんな所で」
「あう……えと……一人、なりたくて。でも、部屋で一人でいるのが…………怖くて」
「……」
「血が……落ちてるのに、落ちないのが、怖くて」
ごめんなさいと喚きながら、自分で刺した死体を抱きしめた穴隠の姿が脳裏に浮かんだ。
「………………そう、だよな」
気の利いた言葉が、何も言えない。
意味の共感、くだらない思いやり、理解の無い理解。
「……すまん、全て私のせいだ」
最後には意味のない責任転換。
全て終わってこと、起こってしまったこと。
責任なんて上っ面な言葉を私に押し付けようと、その傷は私に移すことなど出来やしないのに。
「い、いえ!その……分かっている、つもりなので」
「……そうか」
……。
「そ、それじゃあ私は……これで」
「あぁ」
『すぐ寝ろよ』とか『ゆっくりしろ』とか『あまり気にするな』とか。
一切言わなかった。
……。
「分かっているつもり、か」
それは、嬉しいような、嬉しくないような、複雑な感情だ。
それはそうと、頭が痛い。
☆
人生三百年余。
上手くいったことなど一つもない。
不死の魔法も、教会に囚われたことも。
そして、これからも上手くいくことなどない。
……だから、私が今すべきことは。
「
最近とても気になるの。
神と言う存在はどんな姿なのか。
気になるの。
神と教会はどんな繋がりがあるのか。
でも、一番気になるのは。
「神様神様、もしも教会潰したら、貴方は怒って出てくる?」
あぁ、大嫌い神よ。
私が嫌いで私も嫌いな神よ。
神が不老不死なら、私達も神か?
☆
「神様なんていない。これが私の意見よ」
「しかし!古来から伝わる教会の存在や聖書、ハイ氏の存在など―――」
「大昔にいたハイ氏の話を……『私は神の子』を、数百年過ぎた今に信じるとでも?それに、『ハイ氏の言っていたこと』を信じるとして『ハイ氏は能力を持ってる以外なんら人と変わりない』は何?」
帝国城付近『
普段なら、罪を犯した者を罰する時に使用する場所だが、今回は違った。
明智玉鬼は、未だ帝国に蔓延る信者達の怒りに『正論』をぶつけていた。
『皇帝』と言う最高権力を手に入れたと同時に行ったのは、教会への宣戦布告と帝国内部にいた教会権力者を捕らえることだった。
その後、民の目の前で演説し、渋々納得させたうえで戦争に向かい、勝ち目前で魔王が産まれ状況は変わった。
『魔王を討伐するには神が必要だ』
『教皇様、神からのお告げはまだなのか』
歴史が分からぬ民は、昔魔王を封印したのは人と知らないのか。
だから、こうやって時間を割いて私の支持を上げる。
ただの民がここまで近くに帝王がいるのは、歴史を見てもまずないだろう。
玉鬼は頭を抑える。、午前に獣人国、正午からメノウ王国、それが終わってすぐに自国に戻りこんなくだらないことに時間を使う。
多忙なスケジュール、戦闘の腕が鈍らないか心配だし、睡眠不足で体調に触らないか自分でも心配だし、このくだらない時間の後に国務までやらなくてはい叶うと思うと、今からでもいいからこの役目を誰かに変わってほしいと願う。
願うだけで、そんなことはしないけど。
これは私が負うべき『責任』。
「そ、それは!ハイ氏は空から降りてきたと言われて……」
「それくらいやろうと思えば出来るわよ。魔人族の古来から伝わる『滑空翼浴』という魔法があるのだけれど―――」
「そんな魔法、聴いたことも見たことも無い!!帝王様といえどデタラメを言うなんて落ちたもんだな!!」
信者の代表は、帝国南側で領土を持つ貴族。
付近にいる民衆は、熱狂的な信者もいたり、何の信仰心も無い者もいれば、どっちか付かずな人まで様々。
元々、帝国は宗教習慣が薄い。
割合で言えば、信者が四割、無神が三割、どっちでもない人が三割……と言った所だろうか?
しかし、今ので周りの民衆からは「そうだそうだ!」「帝王が嘘なんて!」と酷い有様。
人を疑うということが知らないのかと心配する。
何度も何度も警戒して、それでいて下に付く選択をしたあの美咲賀斗琴を見習ってほしい。
いや、確かあの人が言うには、国税で教師を雇い子供全員に語学や数学や歴史などを教える、と言っていた。
こう残念な民衆を見ると、教養は大事だなと思わされる。
……いや、そしたら目の前にいる貴族は何なんだって話か。
「仕方ないか、産まれながらの教えだものね」
「なんだぼそぼそと!まさかまさか!帝王様は怖気づいた―――」
「この魔法は魔人族古来って言ったでしょ?魔道書全般って、教会が絡んで『魔人族が作った魔法など、魔法として認めない』って言って全くと言っていいほど書かないのよ。そりゃあ貴方が知らなくて当然だけど……聴いたことも無いから、見たことも無いから、存在しないと吠えるのは……フッ」
「な、何がおかしい!」
「……でも思わず無様で―――」
僅かに魔力を放出させて、身体を大きく見せる。
相手を見下げ、威圧を掛ける。
皇帝としての威厳を見せる。
「―――失礼、鼻で笑ってしまいました」
最後に、笑みを浮かべた。
お前は女だからと言って私を舐めて扱った。
後悔しろ。
目の前にいるのは、女帝明智玉鬼よ。
「お疲れ様です、明智さん……いえ、帝王様」
「アダムじゃない、覗いていたの?」
「覗いていたなんて失礼な。ちゃんと平民に変装して見ていましたよ」
「シンプルにきもいことするわね」
このキモい糸目金髪男はアダム。
一応、帝国の教会をまとめる人物だった物だ。
「何の用?私暇じゃないの」
「見たら分かりますよ、一日であっち行ったりこっち行ったり。別に大したことじゃないですよ。神を失った民に、路頭に迷った羊に、どう説得するか見て見たかったんです」
「ふーん、どうだった?」
「どうもなにも、正論塗れじゃないですか」
溜息を吐きながら眉をすぼめる。
「確かに神は見えないし、存在しないかもしれない。ですが、人々は願いたい。夢を、希望を。だから、神という存在はいるんですよ」
「……」
「だから、貴方のような夢は叶えてしまうような人には分からないんですよ」
「分かるわ」
驚いた顔、久しぶりに見た。
一瞬だけ、その眼球が開かれた気がする。
「だから、貴方のような人間にまだ権力を残しているのよ」
「…………私に、何してほしいんです?」
「話が早いわね。でも、ぜーんぶ終わったら話すわ。それまでゆっくり羽でも伸ばしてなさい」
まだすることはあるのだから。
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