第35話

「それで翼は?」

「それ、聞いちゃうか?」

「聞いちゃう。何故なら私は殺せた側だから肝が据わってる」

「強すぎるし開き直りすぎだろ」


 分かりやすく眉間に皺を寄せて怒ってる表情をすると、諦めたようにその場で座り込む。

 ここ、学校と同じ階段の構造してるから忘れやすいけど全部土足だからね?メイドさん達が毎日綺麗にしてるとはいえ汚いでしょ。


「俺は殺せなかったよ、つーか、殺す気が無かった」

「ふーん……ん?」

「先生から名前呼ばれて、すぐ言ったよ。『俺は人を殺さない』って」


 よくそんなこと言える勇気あるなー……。

 ドン引き、はするけど翼らしいというかなんというか。

 納得してる自分がいた。


「先生はなんて?」

「まぁ色々あって……『皆の攻撃を防ぐ盾になれ』的な?」


 ……へー。

 ニヤケそうな顔を隠すために、興味の無さそうな顔を作って貼った。


「先生って、気合の入った言葉大好きだよね」

「え?そうか?……いや、そうかもな」

「そうだよ。多分翼気に入られそう」

「それは嬉しいような嫌なような、こき使われたらどうしよっか」

「いいじゃん別に。先生だって、大変なんだよ?」

「それはそうかもしれねぇが……まぁ何か雑用くらいは少しは手伝うつもりだよ」


 翼は、真っ直ぐな人間だ。

 後で先生に問い詰めてみよっと。

竜虎りんこ、落としたよ」

「え、どこ?」

「膝上」

「ん、サンキュー」


 電気を点けても暗い部屋で、双子の姉妹はピザを食べて下を向いていた。

 いつも通りの食事。

 報告しなくても、なんとなく『醤油が欲しそう』とか『落としたからティッシュ欲しそう』とか、話さなくても分かるし、『二人でのご飯の時くらいご飯以外の事を話したい』という二人の共通認識があった。

 けれど、今日は―――


「不味いね」

「ね。なんか、ぬるいし」

「……まぁ、気分の問題だと思うけどね」

「……」


 会話をするために、クッションとして扱った。

 湿った会話をするための、フカフカしないぺちゃんこなクッション。



「ねぇ、これから……どうする?」

 妹である菊嬢きくじょう馬子まこは、いつもみたいに姉を頼った。

「……ね。どうしよっか。」

 姉である菊城きくじょう竜子りんこは、同じことを考えてたと言わんばかりに返事を返した。


「これからは、多分だけど、また同じことをされる」

「……」

「でも、意味わかんなくない?確かにこの世界の常識だけど、なんで来させられて強要されなきゃいけないの」

「ほんと、それ」

「何かに従えって言うけど…………」


『人を殺すとか無理』

 そういうことを言いたかったけれど、冗談でもそういうことを言ってこなかった竜子達は、冗談じゃない本物を言うことが出来なかった。



「もう……いいや」

「馬子?」

「私は……訓練とか、いいや」


 ピザを無意味に毟った。


「もう、戦争とか、クラスメイトとか……どうでもいいわけじゃないけど……分かんないや」


 言葉にするのも、想像するのも、友達のことを思うのも、食事をすることも、難しかった。


「……行きたくない、ってこと?」

「………………………」


 竜子の問いに、馬子は沈黙で返した。


「そっか」


 竜子はそれでも理解した。

 あうんを超えた関係は、何も喋らないのかなと思ったら。

 竜子は酷く寂しさを感じた。

 何も食べる気が起きなくて、何もする気が無くて。

 だけど腹は減るから食堂に来て、なんか雑に食えそうなハンバーガー(この世界ではハンバーガーと言わず『パンバーグ』と言うらしい。なんでだよ)を頼んで、適当に齧って―――。




「―――こんな夜までボーっとしてどうしたのよ。寝てんじゃないでしょうね」

「うぇっへ!」


 奇声を出しながらハンバーガーから目線を離して声を妙に低い声に目を移した。


「……なんだ。料理長さんですか」

「なんだ、とは何よ。ぶつわよ」

「す、すいません」

 この筋肉でぶたれたら流石に痛そうだ、なんて流石に言えなかった。

 

「で……どうしたのよ。パンバーグ頼んだと思ったら、半分も食べないでボーっとして」

「あぁ、えっと。すみません。どうした……っていうか、なんというか」

「大丈夫よ言わなくても、大方事情は知ってるわ。ただ……」

 料理長さんは青髭残る顎に手を乗せて、周りを見渡した。


「残す子とか多いのは……まぁ今日くらい許してあげるけど、流石にあんたみたいにここに残って死んだ目してご飯を見つめる子はいなかったわ」


 確かに周りを見ると、ちらほらと人はいたはずなのにいつの間にかみんな消えていた。


「俺……どれくらいこうしてましたかね」

「さぁ?でも、アレが終わって時間経った後に来たでしょ?となると八時くらいに来て、今が十一時だから、三時間くらい?」

「えぇ、三時間もか」


「電気代が勿体ないから勉強しないなら部屋にいないで外行きなさい」と言われて飲食店に逃げたとしても、すぐに飽きて一時間も持たないのに?



「すみません、すぐ食ってすぐ出ます」

「あぁ全然いいのよ!別に追い出そうとかしてないわ。もうちょっとゆっくりできるかしら?」

「え?まぁ……いいっすけど」

「じゃあちょっと待ってて♡」


 そう言って料理長さんはキッチンの中に戻って行く。

 俺はその間に、冷めたハンバーガーをまた人齧りした。

 味は美味しい。凄く美味しい。

 ただ、やっぱり胃が小さくなっているのか一口食べただけでお腹いっぱいの気分になって気持ち悪くなる。



「はい♡」

「……はい?」

 いつの間にか戻ってきた料理長さんは、ハンバーガーの横に何か置いてくれた。


「ア・タ・シ・の『ミルクシチュー』よ♡」

「……わー」

「もう何よその淡泊な反応!乙女のスープよ!もっと喜んでくれてもいいじゃない!」

「いや、きっと善意でもってきてくれたってのは分かるんですよ。分かるんですけど……」

『アタシのミルクシチューって聞かれたら流石に食欲無くします』って言おうとしたけど、視界の端に映る料理長さんからの無言の笑顔が怖すぎて言葉が詰まった。


「分かるんですけど。なあに♡」


 怖すぎるだろこのオカマ!!


「……いただきます」

「はい、召し上がれ♡」



 威圧に負けて、黙ってスープを手に取る。

 具の無い、スープだけのシチュー。

 スプーンとか無いので、容器ごとそのまま口につけると、暖かい、シチューの味が口いっぱいに広がる。

 一度喉を通り胃の中に入ると、お腹全体が暖まって、それは次第に身体全体に伝わって行った。

 もう一度、ハンバーガーに手を付けた。

 一口でお腹いっぱいになっていたお腹は、一口齧る度にもう一口齧りつき、いつの間にか無くなっていた。

 最後に、またスープを飲んだ。飲み干した。


「―――ご馳走様、でした」

「はい、お粗末様♡」


 ずっと傍で見ていた料理長さんは満足げに頷いてくれた。


「気分は良くなったかしら?美剣君?」

「俺の名前知ってたんすね。気分は、かなり良くなりました」

「それは良かったわぁ♡」

 料理長さんは顔の前に手を合わせてオカマ特有のくねくねした動きする。

 気分悪くなってきたかも。


「私はね、昔は兵士でそこそこ強かったのよ」

「……まぁ、その筋肉見ればなんとなく想像は出来ます」

 凡そ、そこそことは思えないけど。

「けどある日、ドラゴンと戦ってもう兵士として戦えない程怪我を負ったのよね」

「へー……って、ドラゴン!?」

「そう。ドラゴン。全長五メートルくらいの、ブルーアーマー型ドラゴン」

「なんかすげぇかっこいいっすね」

「要約すると『凄い硬い』ってことよ」

 一気にださくなった。


「で、負傷で戦えなくなった私は……オカマになった」

「…………なんで?」

「戦いに疲れた兵士達を、料理で癒そうとしたのよ」

「あの、オカマの部分飛ばさないでください」

「黙って聞いてて頂戴」

 あっはい。

「だから、こうやって貴方達みたいな小さな兵士ちゃん達が傷付いているのを、そう簡単には見過ごせないのよ。心に開いた何かを、料理で埋めてあげるの。

 何かあったら、気軽に相談しに来なさい。恋も不安も、なんでも解決してあげるわ」


「……うす」

「あらもう可愛いわねぇ美剣君は!食べちゃいたいわ!!」

「…………まぁ、いいや。相談乗って貰ってもいいですか?」

 訓練とは言えない地獄のような時間が終わっても、俺は今も下を向いていて、ベッドに横たわって無意味な時間を過ごしていた。


『どうして殺す必要があるのか』

『どうして罪を償う機会を与えないのか』

『どうして皆は殺せたのか』


 そして。


『どうして銀子は人を殺したのか』



「……俺、さっきまで何考えてたっけ」

 三秒程空っぽになった脳の後、自虐気味に笑ってそう言った。

 何度も同じことを考えて、一向に答えなんて出ないのに考えてたら、そりゃあ思考もバグる。



 頭が痛い。

 そりゃそうだ、昼から何も飲んでいない。

 魔法で出せばいいけれど、それすら忘れて、立ち上がり、何も考えずに部屋から出た。



 徘徊。



 とりあえず、食堂に行ってみようかな。



「告白する勇気もないやつに、人は殺せないよ」



 階段の踊り場から、何度も何度も何度も何度何度も聞いた、銀子の声が聞こえた。

 胸が高鳴る、ただ、嫌な予感が少しして、目の前に現れず壁に隠れて盗み聞きした。


「知らないと思ってた?」

「いや、だって!あいつ俺にしか伝えてなかったぞ!?いや、響とかには言ったらしいし、けど……」


 翼の声だ。

 嫌な予感は当たっていたのか、まさか!と思ったが、翼と銀子が付き合っていることはなさそうだ。


 それよりも。


「火南は顔には出ないけど、私が男子から告白されたって言うとめっちゃ目が泳いで、ついでに響も翼もバチが悪そうな顔で火南見てた」


 バレたいた。

 俺が、銀子の事好きなこと。

 伝える前に塵になって…………胸が、凄く痛い。



「そこまで言ってくれるなら、一つだけ聞いてもいいか?」

「付き合ってる人はいるよ」



 

 ―――は?




 その言葉を聞いていた瞬間、何かが弾ける消える音がして、俺はその場から逃げた。

 急いで、急いで、着いた場所は俺の部屋で。



「―――あ、ああぁ」

 立ったまま涙が流れた。

 ずっと握っていた握り拳が皮膚を抉り血が出た。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 その握り拳は感情の儘に振るい、木製の机が拉げた。


「ふっざけんな!!俺の、俺の!銀子を!」


 叩いた。叩いた。叩いた。叩いた。叩いて、ついには二つに分かれた。


「十数年間!思い続けていたんだぞ!!」


 破片が手に刺さり血まみれになった手で壊れた机を持ち上げ、壁に向かって投げつけた。


「裏切りやがって!!」


 投げつけられたそれが跳ね返る。

 当たる前に、【抱薪救火】で燃やし尽くす。


「取りやがって!!」


 燃えたそれは、既に炭すら残さず消えており。

 怒りの収まらない八つ当たりさらに拡大して、まだ残っている机だった物をを燃やした。


「なぁ!銀子!銀子!ぎんこ!ぎんこおおおお!!!!」


 涙は蒸発する。

 部屋の中は焦げる。

 血は未だに垂れ続ける。

 魔力は垂れ続ける。

 炎は燃えるづける。



「なぁ……俺の、何がわるかったんだ……」



 その後、火南は魔力切れが起こる瞬間、火を何とか消して気絶した。

 恋は、執着し続ける。



 

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