第34話

 食堂を飛び出した後、私と翼は、女子部屋と男子部屋の真ん中、二階と三階に渡る階段の真ん中で話していた。

 部屋で話してもいいけど、私が男子の部屋に来ただけで騒ぎになる可能性があるし、こいつと付き合ってるって一ミリも思われたくなかったからここに来た。

 もちろん、カレカノ以外で部屋に遊びに行ってる人は何人かいるし、別に幼馴染だから大丈夫だと思うけど、まぁ……万が一もあるし。

 ちなみに、外は雨なので外の選択肢はない。昼間と比べて大分弱まった気がするけどね。


「なぁ、部屋でも別に良くね?」

「鈍感ゴリラだなぁ、疲れてる状態で男子と二人きりで一緒の部屋なんていたくないの。例え幼馴染でもね」

「鈍感ゴリラって。まぁ……そっか。うん、そうだな。そういう歳だしな」

「そういう歳って……おばさん臭く聞こえるからやめてくれる?」

「そういう所とか」

 内から湧き出るストレス、しかし怒鳴る気力が無いのでつま先で軽く蹴りを入れといた。


「で……私の話は聞いたからもういいとして、その後はどうなったの?」

「その後?」

「例えば、あんた達とか」

「俺ら?」


 実際欲しいのはそこ。

 私は女子だから、常に身内に関わることは知っておきたい。


「確か、響は先生のあれで気絶しちゃったんでしょ?」

「あぁ、そうらしい。あれでな」

『あれ』と言うのは先生が首を刎ねたことだ。

『殺した』と言うのは、なんだかむず痒くて、中二臭いとかそういうのもあるけど、魔法とかもそうだけど目の前で起きてることを実際に言うのは少しだけ難しい。

「で……その後に……まぁ何人か呼ばれて殺せなくて、にのまえ……だったかな殺って、その次に火南が呼ばれて―――」

「予想していい?殺せなかったでしょ」

「―――正解」


 やっぱりかー、と内心溜息を付く。

 火南は弱い男の子だ。

 真面目だし、努力もするし、優しいし、人を惹きつけるカリスマ性もあるけど、度胸が無い。

 別に、やってることは『殺害』なのだから、度胸も何も無いと思うけど……。


「告白する勇気もないやつに、人は殺せないよ」

 翼は今開けられる目をいっぱいに開き、驚きを隠せない様子だ。

「知ってないと思ってた?」

「いや、だって!あいつ俺にしか伝えてなかったぞ!?いや、響とかには言ったらしいし、けど……」

「私が勝手に勘付いただけだよ。だから、誰かが報告したとかじゃないから安心して」

「勘付くってお前……」

「意外と分かりやすいよ、他人の『好き』って。もちろん分かりにくい人もいるけど」

 例えば先生とか。

 無表情で口数少なくてたまに何考えてるか分からないし。

 だから、私の事好いてるんだなって分かる時は凄く嬉しい。心の奥底でキュンの波動が疼いちゃう。

「火南は顔には出ないけど、私が男子から告白されたって言うとめっちゃ目が泳いで、ついでに響も翼もバチが悪そうな顔で火南見てた」

「つまり俺達のせいじゃねーか!」

「別に無くても気付いていたよ。高校に上がってからは私は三人と一旦距離置いてみたけど、そしたら火南からの目線が多かったり、後は響と私との扱いが少しだけ差があるし。本人は無意識かもしれないけど」

「……なんか、すげぇなお前」

「ありがと」


 褒めてくれてる訳じゃないのは分かっているけれど、私からは甘い誉め言葉のように聞こえたから、そう返事した。


「そこまで言ってくれるなら、一つだけ聞いてもいいか?」

「付き合ってる人はいるよ」

「……そうか」

 右手には握り拳、

「一応言うが別れる気は?」

「……は?」

 何言ってんだこいつ。

「……すまん」

 しまった。


 反射的に漏れた言葉は、私が思ったよりも重く、怒気が孕んでいた。

「…………別に、いいよ。多分だけど、十数年一緒にいる火南が可哀そうってことでしょ。分かってるし……分かるよ。自分で言うのもなんだけど……多分、ずっと好きなんでしょ。だから、報われてほしいってことでしょ?」

 翼の顔は、それこそバチが悪そうな顔をしていて、ニヤケて、悩んで、頭を掻いて、大きく溜息を吐いた。

「お前の言う通りだ。俺は馬鹿だから、振られたら可哀そうで、付き合えたら幸せで、そんな感じのことしか考えてなかった。本当にすまん。お前の事何も考えてなかった」

「だいじょぶだいじょぶ!私もあんた達の事考えたりしないから!」

「それはそれで酷いだろ」

「お互い酷いいし、これくらいでキレてさよならバイバイする関係じゃないの分かってるでしょ?」

 だって。

「友達でしょ?」

 角寺業は平然としていた。 

 いつもと変わらず、若干湿った部屋で虫達の世話をしている。

 強いて違う所をあげれば、巨大サソリで座っていたり、今日活躍してくれた虫達にご褒美をあげていたり、人を食べたことで虫達に変化は無いかとか……でも、相変わらず虫中心で生活をしている。


「ほんと、人殺したとは思えないリラックスっぷりだね」

 ドアを開けてからの私の第一声はそれだった。

 クロウは「飯くれ!腹が減って仕方がない!」と一目散に業君の元へ飛び立った。

「そうでもないよ、割と考え事してる」

 をクロウに与えながら、若干疲れた声でそう返事をくれた。

「電気付けなよ。今日は雨雲で月も隠れてるんだから」

「やだよ、虫は暗い所が好きなの知ってるでしょ」

「だったら、その能力で明るい場所も平気にさせたら?火とかに強くさせられるなら、そういうのも出来るんじゃない?」

「……天才?」

「やめてよ虫関係で褒められたくもない」

「そっか、でも試してみるよ。一週間後には定着すると思うから」

「ふーん」


 興味はないわけではない。

 業君のやっていることは、ざっくりと言えば交配と遺伝操作、それで強い虫を産んで、その虫が大きくなったらまた交配させて、より強い個体を作り出す。 

 一種の育成ゲームみたいなもので、昔の世界の私はそういうゲームを沢山やってたから、虫でなければその能力を貸してほしいと思う。


「一つだけ、よく分からないことがあるんだ」

「よく分からないこと?」

 珍しい。

 業君はそういう疑問とかしないタイプだと思っていたから。


「明らかに、虫達が強くなっているんだ」

「強くなってる?」

「まぁ十中八九、人を殺したからだと思うけど……力とか、足が早かったり飛ぶのが早かったり、そういうのが結構上昇してる」

「なんか、ゲームで言うステータスみたいだね」

「ゲームだと数値化してくれるから楽だけどね。僕のは……全部感覚だから」

「……ふーん」


 なんとなく、心の中で「強くなって良かったじゃん」とか思ったけど、人を殺して得た力が怖いのかなとか、そう言うこと考えちゃう。

 業君でも、流石にそういうこと考えちゃうのかな。


「燕さんは?」

「へ?」

「気絶してたから。流石に、僕より先に様子も見に来たとは思えないし」

「あー……一応、一回起きたんだけど、泣き疲れてまた寝ちゃった」

「……そっか」


 興味がないわけではない。

 そんな返事だった。

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