第33話

 見覚えのある天井。

 見覚えのある垂れた花。

 囲まれたカーテンに分厚い布団。


 病室だ。


 この気怠さ、魔法を使いたての時と同じ感覚。

 魔力が枯渇して倒れたのかな。

 とりあえず、未だふらふらする身体を支えながら立ち上がり、ゆっくりと個室カーテンを開けた。


「起きたか。速水、大丈夫か」


 そこにいたのは、意外にも獅子山先生だった。


「ちょっと気怠くてふらふらするだけです。魔力枯渇ですね」

「そうか……魔力枯渇か。なら、速水はクリア出来たんだな」


 クリア。

 その言葉を聞き、いまやっと自分が魔力枯渇になった原因を思い出す。


「そっか……私、人を殺したんだ」

「……そうだな」


 重い重い声が返ってきた。


「先生も?」

「あぁ、昨日の夜中に」

「寝れました?」

「全くだ。寝ようにも、刺した感触が思い出してその度に吐いて、一睡もできなかった」


 返す言葉が無かった。

 正直、獅子山先生とあまり喋ったことが無いからどんな話をした方がいいとか、考える余裕も今は無い。

 私達は人を殺した殺人者で、この世界に来させられた被害者。


「しっかり休んで元気出してくださいね。獅子山先生は、元気って感じがするので」

「……ははっ、そうだな。教師である俺が、元気出さないとな」

 元気のない乾いた笑みに、少しだけ既視感を覚えた。

 やっぱり、先生なんだなぁ。


「私、この後どうすればいいんですか」

「一応自由だけど、自分の部屋に戻って休むなりしてなさい。起きたばかりなんだから。身体の調子がまだ悪いならもう少しここにいてもいし、嫌ならメイド呼んで運んで貰ってもいいぞ」

「大丈夫ですよ」

 話してる間にふらふらした感覚は消え、頭も冴えてきて今の状況もなんとなく分かってるつもり。

 とりあえず、部屋にでも戻ろうかな。


「それじゃあ、また明日」

「おう、しっかり寝ろよ」

「はい、先生もですよ」


 上辺だけの会話。

 他人のような会話に、不安を感じた。

「結果は?」

「三十二人中、殺せたのが十三人、金剛も合わせれば十四人だ」

「だいたい三分の一、初日にしては多い方と思っておきましょ」

 死刑執行の機会をクラス全員分に与え終わった後、私と七は教室で話し合っていた。

 獅子山先生は医務室などでの気絶した生徒などの見てくれている。

「殺せなかった者や機会を与える前に気絶した人はどうします?」

「明日……いや、明後日にしましょう。そうじゃないと、また事前に言えって皮肉を言われそう」

「そうですね……彼がそんなこと言うとは思わなかった」

「凄かったわねー、角寺業の能力は」

 机の上に座る七は、持ったメモ帳を投げ捨てるように私に見せた。


『一位、角寺つのでらかるま

 二位、稲庭いなりにわいなり

 三位、姫兎ひめうさぎすずめ

 四位、速水はやみ銀子ぎんこ

 五位、にのまえあいだ


 紙の左側にクラスの名前と一位から五位までの順位が書かれている。

 一応、なんの順位かなんとなく分かるのだが……。

「これは、なんだ?」

「強さランキング、的な?なんとなくだけどね」

「あまり、生徒に優劣が付けられているのは見たくないがな」

「……よく分からないわね、優劣なんてあって当然じゃない」

「甘えた心がそう言っているだけだ、無視してくれ」

「そう、じゃあ話を進めるけれど、あなたのトップ五位を書いて頂戴」


 そう言われ、コロコロとペンを転がしてメモの横に止まる。

 トップ五位を教えろなんて簡単に言うが……なんとなくでも、いいから書いてみるか。


『一位、角寺業

 二位、速水銀子

 三位、姫兎雀

 四位、稲庭稲

 五位、矢白やしろ流麗ながれ


「書けたぞ、素人がなんとなくで書いた物だがな」

「それでいいのよ……あら意外、一間は入れないのね」

「今日だけのを見れば正直強そうに見えなかったがな。だが、逃げたり奇襲とかにはかなり強そうだとは思ったがな」

 一の持つ『瞬間移動』は、思ったところにすぐ飛んでいく性質上、今回の訓練ではあまり目立たなかった。帰る時に使ったくらいだ。


「ただこの能力、ハッキリ言って『ずるい』って思うくらい強いと思う」

「正解、ズル過ぎるわ。経った今の後ろに能力使って私を殺すことくらい容易でしょうね」

「あんたは!ずる過ぎるのよ!!」

 部屋に入って来るや胸倉掴んで怒鳴られて。

「と、とりあえず、離してよ。いくら可愛い大和ちゃんでも血の付いた怒った顔は、そのぉ……怖いなぁ」

「いや。だって『瞬間移動』で一人逃げちゃうかもでしょ?体を触っていたら、二人までなら一緒に着いて行くことが出来る」

「……じゃあ逃げないって誓うから、離してよ。離さないと、一緒に温泉に移動するよ?男のほうの」

「別にいいよ。修羅場、見せつけようよ」

「うーん、じゃあおん―――」

「女子風呂に行くって言ったら、いつでも行けるってことでいい?いつでも覗けるってことでいい?もしもそうなら彼氏が犯罪を犯す前に、私が殺すのが一番だよね」

「そそそそそんなことないよー」

 やばい、目が本気だ。

 女の子がしちゃいけない目してる、この世界がアニメだったら赤く光ってると思う。

 ここは、諦めよう。


「仕方ないなぁ、たまには彼女の言う通りにしておいた方がいいしね」

「……」

「で……もうご存じだと思うんだけど、僕は鈍感だからどうして大和ちゃんが怒ってるか分からないんだ。だから、ゆっくり話し合お」

「うそ。間は周りの空気をいち早く察知して、自分がどう行動したいかをすぐに考えて、実行する」

 よく分かってるじゃん。

「流石。でも、なんで怒ってるかは本当に知らないよ」

 力が緩む胸倉、今ならレバガチャすれば抜けれるかもだけど、そうしないのは彼女の怒りを知りたいから。


「……ほんと、そういうところずるい」

「うん」

「すました顔して人殺して、いつもみたいに笑って、かと思ったら逃げて」

「うん」

「本当、ずるい。何考えてるか分からなくて、怖くて、軽くて、こわっ、くて、いつか捨てられるんじゃないかとか、思って、でも、高校生ならそれが普通かもとか考えて」

「うん」

 胸倉を掴む手が強くなり、大和ちゃんの顔は伏せて見えなくなり、身体は小刻みに揺れ、声は震えている。

「分かんない……分かんないの!あんたが、一間って人間が、分かんないの!」

「大丈夫、まだ付き合って一年も経ってないよ。デートは三十回しかしてないし、手は五十二回しか握ってないし、キスなんて一回もしたことない。これから知ればいい」

「そういう、ところも、ずるい」

「おいおい、僕は一間だ。ここからどうやって恰好付けようか今も必死に考えてるし、ここからおちゃらける方法を探してる。チョロい大和ちゃんだけど、そろそろ自分がチョロいって理解した方がいいよ」

「知ってる」

「……そうかい」

 なら、今日はどうしよっか。

「ごめんね、ずるくて」

「……うん」

「怖かったね、今日は」

「うん」


 彼女の傷を、なるべく癒えるようにしよう。

 この傷が開かないように、慎重に。

 いつも賑やかな食堂も、今日は人も少なく口数も少ない。

 人は一応いるけれど、カチャカチャなる食器の音、誰一人として友達通しで話そうとしていなかった。


 これは、無理やり話に掛けに行っちゃ駄目なやつかな。


 けど、こんな空気なら一人で食べるのと変わらないし、お部屋で食べようかな。


「あっ」

「おっ」


 巨体故に見つけた翼を見つけると、たまたま目が合いお互い声を上げてしまう。

 なんて声かけよう、話そうにも周りの空気があれの死んでるせいでそんなことが出来ないし、声上げちゃったせいで皆こっち向いてるし。


「……どっか」

「へ?」

「どっかここじゃない所で話そ、ここじゃ話ずらい」

「え、俺は別にいいけど」

「翼が良くても私が嫌なの。さっさと着いてきて」

「へいへーい」

 速足で食堂を出て、人がいない廊下で口を開く。

「あの後、何があったの?」

「銀子が気絶した後か?」

「うん」

 翼は少しめんどくさ気に頭を掻きながら話した。

「っつても、普通だぞ?お前がやばい魔法撃った後、お前が突然倒れてそのままゴーレムに運ばれた」

「そこは分かるよ……ちゃんと、殺せた?」

「……あぁ」

「どんな感じだった?」

「どんな感じって…………表現しずらいなぁ」

「国語苦手だもんね」

「うるせぇ!そうだなぁ……例えるなら、壁が出来てた」

「壁?」

「そう、氷の壁。最初は、殺さなきゃいけない奴の周りが凍り始めて、そこからだんだんと、氷が下から伸び始めたんだ。そこから氷が氷を囲うように壁が出来始めて、最終的には犯罪者丸々飲み込んで壁が出来ちまった。そのタイミングかな、銀子が倒れたのは」

「お、おぉう……」

 本当に自分の話をしているのか疑わしくなる。

 確かに、今の私なら魔力全部消費してそれくらいの魔法は撃てるかもしれないけど、明らかにオーバーキルだったかもしれない。

「ちなみにその壁どうなったの?」

「七先生が火魔法で全部溶かした」


 これは明日説教されるパターンかも。

「個人的にもう一つ聞きたいのだけど」

「なんだ?」

「……いえ、やめておくわ」

「そうか」


 教室の中は既に暗く、いつも明るい月も雨雲に隠れて見えやしない。


「明日からはどうする」

「明日は自主練一択、休むも訓練するも好きにさせる。あと、そろそろ魔物とも戦させたいから明後日か明々後日に頃に軍と魔物討伐に行かせる。そこで、戦える子と戦えない子を分けて、魔王と戦う準備をしましょう」

「了解した、それならメイド達にそれを伝えてクラスメイトに伝えよう」

「そうだ。あの女、明智玉鬼と小山内玉萌はどうなったのかしら」

 殺す訓練をしている間、小山内は玉鬼と対談を行っていた。

 誰がこの事を伝えようかと考えていたが、小山内が全部任せてほしいと言っていたのでこの時間にお願いした。

「何事もなく話し終えた。条件は全て飲むそうだ」

「そう」

 興味無さそうにそっぽ向く七。

 そんな不愛想な返答をしつつ、頭の中では色んなことを考えているのだろう。


「話し合いはこれで十分か?」

「ええ、お疲れ様。ゆっくりおやすみなさい」

「ああ、お互いな」


 上辺だけの会話。

 今はそれが心地よかった。

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