第31話

「ふーん……下ではそんなことが行われているのね」

(興味は、少しだけある)


 人殺しを経験したことない人が、人殺しする様を見てみたい、という純粋な興味。

 私の反応を見て、「よくないこと」と分かってはいるけれど……そんな気持ち。

「それを話してどうするの?」

「……別に、誰かに話して楽になりたかっただけです。一応、今日含めて数日間で人を殺せない人は戦場に連れて行かない、と先生達が言ってました。これも伝えるためにここに呼んだというのもあります」

「これ『も』……ね。知っての通り忙しい身なの。手短にお願いできるかしら」


 だったら部下とかスパイを通してすればいいのに。

 なんて思っても、自分が聴いて少しでも多くて確かな情報が欲しいと思われてしまったら、そんなこと言えない。


「魔王が倒す前に教えろと言ったのは貴方じゃないですか」

「そうだったわね」

「……私もあんまり人と喋るのは得意ではありませんので、手短に話しますね」

 そう言ってから、どういう風に言おうとか一度姿勢を正そうとかそういうのが頭の中でグルグル回る。

「お茶、飲みなさい」

「え?……ありがとうございます」


 ……。

 心読めるのは、私の方なんだけど。

 この言葉、この世界に来てから思うの凄い増えた……って、向こうの世界じゃそもそも思わないか。 

 一口飲んでみた紅茶のお味は、今思ってる感情を全てはらうようにさっぱりしてて、とても爽やかな気持ちになる。

 カップを置き、一度背筋を整えてしっかり相手の目を見る。


「私達は帝国に協力します」


(……よし)


 いつもより、心がクリアに見える。


「ただし、以下の条件を飲んでくれるようお願いします。

 一つ目は『生徒達の衣食住と安全面のサポート』

 二つ目は『異世界転移の実験』

 三つ目は『不死薬の研究サポート』

 取引に応じなかった場合、私達は明智玉鬼の首を教会に持っていきます」


「いいわ。これで取引成立ね」


 随分呆気ない、とは思わない。


 玉鬼さんは、教会に私達がいなくなるだけでも大収穫で、私達は安全でいられる場所と帰れる確率が上がれば十分なのだ。

 ……やめよう、この感情はいらない。

 血を見てから、その価値観も薄れて来たけど。


 私の複雑な表情を見て、憐れむ玉鬼。


 正直、慣れた。慣れてしまった。


「そういえば、向こうの世界……貴方達の世界には殺し合いがないって、改めて聞くけど―――」

「私の国が戦争してないだけです。獅子山先生が詳しいはずなので、聞いてみては?」


 全部、全部見えている。


「―――なるほどね」


 彼女は不適な笑みを浮かべ、私の目を見た。


(さっきも見たけど覚悟を持った綺麗な目ね)

「……よく分からないですね。同じことを海月司という人や先生の前でも思ったそうですが」

「えぇ、同じ目をしてる。覚悟って、気持ちって、心だけじゃなくて顔にも出るのよ」


 やっぱりこの人、危険だ。

 危険だけど、この船は既に出港していて、私もそれに乗っている。


「せいぜい『物』扱いされないようにね」


 ……牙を剥いた言い方をするなら。

 あえてこう言って


るな」


 私は『人』だ。

 揺れる船にしがみ付く腕がある。


 船を舵取る腕がある。


「玉鬼さん」

「何?」

「これからも、よろしくお願いしますね」

「えぇ、いい協力関係を築けると嬉しいわ」

(世界一厄介で扱いにくい人間ね)


 満面の笑みを、浮かべた気がする。


「はい!」



「はい」


 にのまえあいだは、無表情に人を切り裂いた。

 まるで、今まで人を殺したことがあるかのように。

 あまりにも、顔に感情が出なかった。


「にのま、え、?」

「……ん?どうしたの?大和ちゃん」


 彼女の声に反応して、振り向いた彼の顔と服は血がべったりと付いていて。

 いままでも幾度も笑顔を見せてくれた彼と、血の模様が、天守閣大和の脳内をかき乱す。


「……あー、汚れちゃったよ。先生、僕はもう帰りますね【瞬間移動】」


 わざとらしくそう言って、いや、今の一に出来るをして、先生の返事も待たずに能力を使ってその姿を消した。


「強い子ね」

 七は一をそう評価した。



「弱いなぁ」

 一は己をそう評価した。


【瞬間移動】を使って来た場所は、この街の死角。

 街の人間は多分来なくて、スラムに住んでる人も多分来ない。

 路地裏と言えば分かりやすいが、そういうには少し広い。

 この前街に来た時に脅威本位で来たこの場所。

「大和ちゃんを脅かすならここかな、なんて思っていたのにさ。吐くために来たわけじゃないっての。馬鹿だなぁ僕」

 泣きながら胃の中の物を無くす。


 先程の笑顔とかは全部嘘。

 全部、可愛い彼女に格好つけた僕の姿を見せるためにやった演技。


 でも、でもさぁ。


「人を殺した僕を受け入れてくれるのかなぁ」


 結局、そこ。


 どんなに恰好付けた所で、結局人を殺したことには変わりない。

 どんなに僕に惚れてた所で、そこでわだかたまりが出来てしまえば、僕と彼女の関係は自然と消滅してしまうだろう。

 そんな僕は、どんな言い訳を吐くんだろう。

「でもなー」

 どんなに考えても、あの状況で殺す以外の選択肢は無かった。

 だって、殺さなかったら僕は弱虫として生きることになる。

 彼女の前で、涙を流すだけになる。


 人を殺す練習が出来て良かった。

 だって、もし大和ちゃんが殺されそうなとき、僕がそいつを殺せるから。


 なんて。


「『人を殺す練習が出来て良かった』なんて、僕は狂人かな」


 この世界に来たからとか、日本じゃないからとか、逃げられないからとか、殺す以外選択しなかったとか、彼女を守るためとか。


「全部くだらない言い訳なのにね」


 世界というのは一秒一秒と時が進んでいて。

 一秒後には、一の姿はここにいなかった。

 クラスの人気者。

 イケメンで、成績優秀で、リーダシップがあって、サッカー部の部長で、優しくて、モテて。

 フィクションで言えば主人公、それとも主人公の彼氏か。


 高飛車火南たかびしゃひなんはそういう人間だ。


 そんなやつも、いざ「人を殺す」という行為を目の前にすれば、足は震え、手には力が入らず、声はなんて発せれず、能力を発動するにも頭の中はキャパを超えて想像なんて出来やしない。


 普段の姿を見てれば、この狂気的な光景をただの作品として遠目から見ていれば。


『無様』


 という言葉が、どれだけ似合うだろうか。


 だけど仕方がない。

 これが現実で、これが『普通』なのだ。


「もういい、下がれ」


 先生にそう言われ、剣を投げるように手から離して、大人しくクラスメイトがいる輪の中に入る。

 前は向かずに下を向いて歩いた。

 周りの目が怖かったから。周りから笑われているような気がしたから。


 でも、そんな考えは置いてけぼりに、一つの言葉が頭の中を埋め尽くす。


(なんで、銀子は人を殺せたんだろう)


 そんな言葉が頭の中でぐるぐると回る。


 分からない。


 分からない。


 ……分からない。


 次第に。


 クラスメイトのすすり泣く声も、先生の声も、剣の金属音も。

 赤黒く醜い血も、灰色だらけの壁も床も、銀子以外の人間も。


 何も聞こえなくなった。

 何も見えなくなった。



 十分から二十分、それくらいの時間内で人を殺せなかったら、次に回される。


 十人。

 その中で、四人、人を殺せた。


 今、気絶とかしてない私達は、次は自分じゃないかと思いながら、


「次、姫兎雀ひめうさぎすずめ


 私の名前が呼ばれて、一瞬だけビクッと身体が跳ねる。

 ……大丈夫、今の私は一人じゃない。

「……キュー、クロウ、出てきて」

「キュ!」

「ようやく出番か。待ちくたびれたぜ」

 ずっと私の中にいたキューとクロウが、から出てくる。

「……」

「キュ?」

「おいおい、呼んでおいてだんまりか?黙っていれば俺達が殺すとでも思うのか?」

「そ、それは!」

「分かってるさ、俺達はお前の『能力』なんだから。さっきの蟲野郎と同じことをしてもらいたいのは分かる。そうすればあいつみたいにすっきりした顔でこの場から去れると思っているのも分かる」

 核心を突かれるってこういうことなんだ。

「ただな?お前にゃ開き直りが出来てない」

「開き直り?」

「そうだ、開き直りだ。なんならそこのガキんちょ共にも言ってやるよ!」


 クロウが、怖がる皆の目の前で、偉そうに言った。


「お前らは偉い!今まで日本という国で、一度も犯罪を犯さずに、法律の中で生きてきた!だがそんなのは一週間前に離れたんだ!いいか!そこにいる、昔と人が変わったような『先生』と呼ばれているやつや、さっき殺していった『業』や『一』や『銀子』には開き直りが出来てるんだ!逆に殺せずにおちおち戻って行ったやつらには人を殺す覚悟や開き直りが何にも出来てない!」


 開き直り……。


「分かったか。石頭」

 私を向いてそう言った。

「い、いしあたま?」

「そうだ馬鹿たれ、自分が生み出した存在に説教されるアホめ。さっさと殺してこんな臭いところから帰るぞ」

「で、でも」

「でもじゃねぇし、俺達がいる」

「キュッ!」

「キューちゃん……」

「あれ、俺は?なぁ、今まで目立ってたの俺なんだけど。なんでこいつが一回鳴いただけでこんな大口叩いた俺より……」


「うるさいよクソカラス」


 とりあえず、ムカついたからその鳥頭を掴む。


「キュー、殺れる?」

「キュッキュッキュー!」

「よし、行っておいで!ついでにあんたも!そんなに目立ちたいならさっさとそいつを殺しな!」

 そして、そのまま殺す対象に向かって投げた。

「ガアアアアア!!」


「殺るなら盛大に殺っちゃって!私は、後で考えるから!」



 それは、姫兎雀がそう言ってから、三秒も経たない出来事だった。


 いつも可愛らしいキューは目の色を変えた。

 どこからか出したのか、その身長と同じくらいの木槌取り出して、飛んでるクロウに跳び乗った。


「たった一人殺すだけなのに、こんな気合入れていいのか?」

「ご主人様の覚悟の表れだ。黙ってくちばし尖らせてろ」

「へーへー、しかし久しぶりに力を振るうんだ。行くか」

「乗った」


 長年のコンビネーション。

 二人で一つの【金烏玉兎】が成せる技。


「「『陰陽之間』」」


 異国の術の最古であり最強の技。

『何か』に潰されたそれは、血も肉も骨も残さず、存在事そこから消した。


「乙」

「キュピ」



 何が起きたのか分からないけど、二人が殺ってくれたのが分かり、安堵と言うかなんというか……。


「ふたりと……うっ、うぇげろヴぇろヴぇろ」


 安心しきった所に、ずっと我慢していた「吐き気」を四つん這いになってその場にぶちまけた。

 あー、皆の目の前で吐くのきついし恥ずかしいしなんか悔しい。


「キュピ」

 すぐさまキューが背中をさすってくれる。

「あー……、ありがとうキュー」

「落ち着いたら、俺達も一足先に帰るか。臭いんだよここ」

「……分かったよ、七先生、ごめんなさい」

「謝られる理由がよく分からないわ。むしろ、みんなに檄を飛ばしてくれて礼を言いたいくらいよ。そこのカラス君、ありがと」

「ひゅー、美女から礼は価値が高いぜ。ほれ、気分がいいうちに帰るぞ」

 ……お前は気分良くても私は気持ち悪いんだよ。このバカラスが。


 ゆっくりと立ち上がり、何か言おうとしたけど、何も言葉が浮かばないから、一つ大きくお辞儀してから部屋を出た。

 吹っ切れた感じはする。

 ただ、自分の手は汚してないし、殺しの後味も吐き気によって上書きされてしまった。


「……まだまだ、かな」

「あぁその通りだ」

「キュッ!」


 厳しいなぁ。


 臭い牢獄の道を、先導するクロウをゆっくりと追いかけながらそう思った。

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