第30話

「こんにちは、玉萌さん。お招きしてくれてありがとう」

「いえ……一度でも、ゆっくり話す機会が欲しかったのと、それと」

「それと?」

「……理不尽に情報を渡してきた貴方に、少しだけ愚痴を言いたくて」

「……フフッ、この女帝に愚痴をきいてもらうなんて贅沢ね」

「前の世界に、王様や帝王なんて人、少なくとも私の世界には……いても、崇拝みたいなことはしなかった。見たことも無いし、興味も無いです。ただの、同じ人間です」

「別にいいわ。どんな理由があれど、時間さえあればここに来たいし。それで何かしら?」


「人殺し、この世界には存在しない言葉ですよね」



 元の世界に、日本と言う国で、意図的に人を殺した人間は割合的にどれくらいいるんだろうか。

 多分、一割程度だろう。約数十年前の戦争で人を殺した今のおじいさん達とかを除けば、多分一割も満たないと思う。

 別に数えたことないし、調べたところでソース何て出てこなさそうな疑問で、独断と偏見によるただの予想だけれど。

 まぁ、そんなの『日本』という平和な国だからそう思うのであって、殺人が日常的に行われている国や、こういう世界では、二割とか五割とかいそうで、私達『九割』はこんな世界に来ちゃいけなかったんだと錯覚する。


 剣先を首に突き立てる。

 心臓の音がバクバク聞こえる。

 身体全体の血の気が引くのを感じる。

 手汗で柄が持てているか分からない。

 自分が立っているのか座っているのか分からない。

 布で隠された顔の中身はどうなっているのか分からない。

 自分が殺そうとしている人間は誰なのか分からない。

 やるなら苦しまないように一発に。

 殺すなら苦しまないように一撃で。

 殺すなら、殺すなら、殺すなら、殺すなら、ころすなら、ころすなら!ころすなら!


「おェ、うぉロロロロロロロロロ」


 剣を目の前に突き立て、膝を付き、涙を流しながら、無様に、嘔吐した。


「……後ろに回ってもいいぞ。見玉」

「後ろに回すって……今後でいいって選択肢はない?ですか」

「残念ながら無い。ここで人を殺せ」


 すっかりと人の心を失った私の担任の先生は、既に一割の仲間入り。

 クラスメイトの前で、彼女の前で、無言に、淡々と、悲鳴や罵声を浴びせられながらも人間を殺した人は言うことが違う。

 こういう人間が、頭の可笑しい部類に入るのか。


 いや……可笑しくなった、が正しいか。


 七先生の水魔法により、吐いた後の床は綺麗さっぱり洗い流される。

 立ち上がり、立ち眩み。

 私もあの水魔法使って口の中でもうがいしたい。

 する気力も頼む勇気もないけど。

 剣を持とうにも、重くて持ち上がらない。

 涙を拭く余裕がなくて、大粒の水が目ん玉の下に溜まる。

 こんな情けない自分を晒したせいか、周りが気になって仕方がない。


 こういうのを見て、私の悪口みたいなものとか、同情とか、次は自分だとか、色んな感情が、色んな心が見えてしまうのは、小山内さんは可哀そうだなって思う。

 何度も、そう思う。 

 そうやってくだらない同情をしたせいか、だんだんと余裕が取り戻してきた気がする。

 頭は……すっきりしない。未だにクラクラするし、剣は重いし、涙は流れても溜まるし後ろからの視線が辛すぎる。

 なんとか剣を持ち上げ、また剣先を突き立てる。

 体重を乗っけてしまえば、こいつは死ぬ。

 先生の説明によると、こいつらは魔法により眠っていて、寝ている間に私達の手によって殺されるそうだ。

 だから、その間に、体重をかけてしまえばいい。

 柄頭と呼ばれる場所に右手を持っていく。

 身体を前に倒す。

 それでも、前に剣が進まない。右手が意思と反することをする。

 殺さなきゃいけないのに。殺さなきゃ、この気持ちから逃げられないのに。


「押してやろうか?」

「!?」

 右手に添えられる、先生の左手。


 おかしいな。


 私の意思と右手にラグがあるのかよ。


 先生に押してもらってないのに。


 やっと、前に進んだ。


 生々しい感触が、剣から指に伝わった。

 指先から、自分に伝わった。

 自分から、クラスメイトに伝わり、小さな悲鳴が上がったのが聞こえた。

 それに反応したのか、タイミングの問題だろうけど、布から「ごぽっ」という音が聞こえ、白い布が、口元辺りから赤い物が染み出した。


 自分が、殺した?


 後ろから、ドタッって何かが、誰かが倒れる音が聞こえた。

 後ろから、吐く音が聞こえる。

 後ろから、泣く声が聞こえた。


 自分は、今、何を考えているんだろう。

 こんな自分を見て、小山内さんは、どう思うだろう。

 たまたま一番前にいた見玉さんが呼ばれて、目の前にいる死刑囚をなんとか殺し、そのまま気絶した。


「『ゴーレム』彼女を医務室に。」

「見玉以外の気絶者はどうするんだ?」

「……いても邪魔だし、次の機会を与えるしかなさそうね。『ゴーレム』彼女達を医務室に。『ゴーレム零スイッチ』『ゴーレムワンスイッチ』」


 目の前で軽々とゴーレムを生成する七先生、こいつらやってること淡々とし過ぎてロボットかよ。

 と思う反面、やってることはこの世界じゃ間違いじゃないと思う自分がいる。

 当たり前なんて、異世界で来た瞬間に壊れていた。

 そのことに、気付かされてくれた。

 気絶した誰かを運ぶために開けられたドアから、一体のゴーレムがやってくる。担いでいるのは次に殺される誰か。

 本物のロボットの方が、感情無い分楽かもしれない。


「じゃあ、次にやりたい人はいるか」

「……じゃあ、自分が」


 どうせ埒が明かないから、絞りだすように、恐縮しながら、名乗り出た。


 足が、動かない。

 ……仕方ない。


「あー……【魑魅魍魎】『スコーピオン』」


 虚無から、巨大サソリを生み出す。

 クラスメイトから人が死んだときくらい悲鳴が聞こえたけど、君達虫嫌いすぎでしょ。

「能力を使う時は一言欲しい」

「人殺すなら一日前くらいに一言くださいよ」

 先生は一瞬だけムッとした表情になる。

 足は動かないくせに、口は回る自分に少しだけ笑う。

「その背中に乗せてよ。ちょっとさ、怖くて動けないんだ」

 悲鳴を上げるクラスメイトを全部無視して、生み出したサソリに命令して、子供の頃からしてみたかったサソリの上に乗るのを今ここでやる。

 正直、今の今までそのくだらない夢、というか願望を忘れていたけど、逆走馬灯みたいな感じで思い出した。

 走馬灯見る側は死刑囚さんなのにね。

 サソリは持ち前のハサミで僕の身体を慎重に挟み、持ち上げて自分の背中に乗せてくれた。

「そうそう。やっぱり硬いけど、背もたれとかあるし、視点がレーシングカーみたいだ」

 まるで一人の時のように一人事を喋る。

 そうじゃないと、この場から逃げ出しそうだから。

 よく分かってるじゃん、自分。

 冷静だな、自分。

 周りはもう、何も聞こえないし、見えない。

 あるのは、僕達と標的。


「あー、一言、何か言うのでしたっけ。いまからいっぱい出すので、簡単な……防御的な魔法貼っといてください。クラスメイトに」

「分かったわ。力の使い過ぎで貴方も死なないでね」

 七先生が答えてくれた。

 声がほんの少しだけ明るいから、期待でもしてくれたのかな。


 まぁ、その期待は僕なんだろうけど。

 やってくれるのは、虫達だから。

 僕じゃなくて、虫達に期待して、褒めてほしいんだよね。


「【魑魅魍魎】『喰い殺せ』」


 そう言った業の周囲に、無数の『蟲』が出現した。


サソリ

ハチ

ヘビ

アリ

カエル

蜘蛛クモ

蜈蚣ムカデ


 まさしく『魑魅魍魎』の名に相応しい、おびただしい数の蟲。

 その蟲が、一斉に死刑囚に飛びついた。


「驚いた、経った数日でここまで自分の能力を理解した人間がいるって言うの?」

「……そういう能力だというのは彼から聞いたけど、こんな物だとは思わなかった」

「一匹一匹の質はまだまだだけど、これは育成と作成を繰り返す能力だから時間を掛ければ掛けるほど強くなる。それに、角寺業自身の愛も凄まじい。ここまで恵まれた能力使いはそうそういないわ」


 そう言う間に、骨だけ残して死刑囚を、人間を食べつくした蟲達は、業の「戻って」の一言により一斉に消える。


「……帰ってもいいですか」

「あ、あぁ。もちろんだ」

「じゃあ、お先に。みんな頑張って」


 サソリから降り、意気揚々と歩く。

 彼自身が人を殺してないことに違和感を抱くが、能力によって殺したと考えればいいだろう。


「次は……誰がいい」

 そう言うたびに、一度私の方を見るのをやめてほしい。

 心が壊れたその目で、私を見るのをやめてほしい。

「あ……あ……」

 声を出そうにも、何も出ない。

 足を動かそうにも、震えて動かない。

 そもそも『人を殺す』なんて馬鹿げたこと、出来るわけがない。


「……そろそろ、弟子の活躍が見たいわね」

「!?」


 七先生の声が部屋に響いた。

 弟子なんて、私しかいない。

 きつく唇を噛む。

 動かせ、その足を。先生たちの期待に添えるんだ。

 動かない、動かせない、喋れない、先生助けて。


「銀子、前に……」

「動けないなら、思えばいいわ」

 先生の声を遮り、七先生がそう言った。

「魔法を使う者は歩かなくていいわ、魔法で飛べるから。それと同じ。剣なんか使わなくても、貴方の魔法ならそこから届くでしょう?」


 届くけど!撃てないよ!


「……的だ」

「……えっ?」


 先生の声に反応して、やっと、声が出せた。

「そこにいる人間はただの『的』だ。ただの物だ。撃つも凍らすのも、なんでもいい。私が、許す」

「先生……」

 苦しそうな表情。

 それは、私に人を殺してほしくないからなのか。

 こんな惨めな私を見ていられないからなのか。


 そう思われるのは、嫌だなぁ。


 先生、先生はさ。


「先生は、どんな気持ちで斬ったの?」


 歩かなくてもいいと言われたが、一歩、前に歩く。


「私は無心で剣を振るった。訓練通りに」

「訓練通り、ね。先生っぽい」


 歩く場所は、死刑囚の前じゃなく、先生の前。


「先生、大変だったね」

「……そうだな、でも」

「でも?」

「お前……達のためなら、いくらでも身体は張る」


 その後のことは何も言わなかった。

 でも、大丈夫。


 どんな貴方でも受け入れよう。

 そして、どんな私でも受け入れてもらおう。

 

 そして。

 この歪んだ世界を受け入れよう。


「【雪之女王】『アース・ブリザード』」


 そして。

 この世界を白く染めよう。

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