第29話

 独特な雨の匂いが香るおやつ時。

 強い強い雨。向こうの世界でいうゲリラ豪雨みたいな強烈な雨が六時間くらい続いてる。

 この世界では日常的らしい。「最近ずっと晴れてたし、こんなもんでしょ」と少し憂鬱そうに料理長さんが言っていた。

 あの人、慣れれば可愛く見えてくるのは慣れって怖いんだなって思うよね。

 天気予報もないこんな世界、傘くらいあれば便利だろうなんて思ったけど、風魔法で雨避け出来るし、服が濡れても火魔法で無理やり乾かすし、なんだかんだこっちの世界も悪くないなんて思うのは、この世界で六日間も過ごしたおかげか。

 それとも弊害か。


『この世界に来て良いこともあれば悪いこともあった』


 なんとなくそう思った。

 ただ、そんな言葉はなんだかいい話してる時みたいで嫌で、なんだか青臭くて、なんだか嘘を言っている気分になる。

 なんでこんなこと考えてるんだろ。

 心が読める人が傍にいるからかな?私は見れないらしいけど。


 この世界に来てから考え事が多い。

 小山内さんの事も、戦争とか魔物の大群とか、魔法とか能力とか、他にも色々。

 新しいことをすればそうなるのは仕方ないけれど……あぁ、ゲームがしたい。

 何が嫌って、疲れたらゲームするとかが出来ない。

 ドラ〇もん、ど〇でもドア出して向こうの世界とこの世界を行き来させてよ。


 今頃、向こうで私は、私達はどんな扱いされてるんだろう。

『クラス丸ごと異世界に飛ばされた!!』ってニュースになるのかな。いや、そもそも異世界なんてあるか分からないし非現実的なこと誰も信じないか。良くて神隠し、それとも集団失踪、集団誘拐とか。

 こんなこと、前例は多分無いと思うし、ワイドショーとか朝のニュースでも取り上げられそう。

 取り残された人達、真ちゃんとか鞠ちゃんとかが記者さんに質問攻めにあってそう。

 そのポジションが私じゃなくてよかったと思う反面、こんな世界にいない分マシだなとか思ってしまう。

 なんだかんだ知名度ある私がネットやゲーセンにいないとなると、「もしかしてKUAIクアイ見玉合居けんぎょ(くあい)のプレイヤーネーム)ってこれに巻き込まれた?」ってなるのも時間掛からなそう……なんかこの話題めんどくさいな、やめるか。


 まぁこんなくだらないことを考えてきたわけだけど。心の中で関係ないことを考えて移動時間に暇つぶししていたわけだけど。

 普段なら小山内さんがいて会話に困ることは無かっただろうけど、何故かここに小山内さんの姿はいない。

 絶対に来いと言われていたのに。

 まぁ、そもそもクラスでの大移動とか苦手なんだ、もしかしたら先生と事前に話し合ったのかもしれない。

 私にくらい話してくれればいいのにと思うけど、仕方ない。


 お城の後ろ、足元が不安定で大人数で来るのは狭すぎる階段を下る。

 すると、そこは……なんと表現すればいいか。

 見たまんま言うなら、三重くらいある頑丈な鉄格子と、その中にいる裸でやせ細った人間。

 鼻に突き刺さる異臭と、変な目で見てくる牢屋の中にいる人。


 あー……前言撤回。

 そりゃあ小山内さん来ないわ。

 こんな所に来させられても顔色一つ変えない先生の顔を見て、これを隠していたのかと勝手に納得した。

 絶対にあり得ないことだけど、浮気とかじゃなくて良かった。と普段なら胸を撫で下ろすけれど、溜息一つでも付くと、この少しでも体内に含みたくない臭い空気を鼻から吸いそうだから撫で下ろさなかった。胸を撫で下ろすの使い方、多分間違ってると思う。

 でも、こんな所に来て何をするんだろう、もしもこの世界で犯罪をしたらここに入れるよってことなのかな。

 でもそれなら口頭でもいいし……分からない。


 いや、それはそうとここ臭すぎ。吐きそう。


「おい銀子、顔色悪いけど大丈夫か?」

「……火南、ちょっときついから話しかけないで」

「す、すまん。悪かった」

 火南の優しさが逆に仇となる。火南の好感度がまた下がった。

 横で一緒に歩いていた響が苦笑いしながら背中をさすってくれる。響の好感度がまた上がった。

 周りを見てみると、同様に気持ち悪そうにしている人が何人かいる。

 そりゃそうでしょ、だから早く帰ろうよ。ここにいるくらいなら校庭百週くらいした方がまだマシだと思うんだ私。

 また階段を下りる、また階段を下りる。

 地下三階の奥の部屋。周りが石や鉄格子でそこだけ少し浮いている木製の扉。

 そこに入りると広い空間。また一つ扉、今度は鉄の扉。

 先生が、一回だけ深呼吸した。


「皆、この部屋に入る前に一つだけ覚悟してほしいことがある」


 ……珍しい。

 先生はサバサバしたというか、なんというか、入学式の時とか体育祭とか終業式とか、割とどんな時も一言で済ます。

『これからよろしく』とか『怪我しないように頑張れ』とか、いつもそんな感じだから

 皆の前でこういうことを言うのは初めて見る。

 例外を言うなら、私の告白を受け入れてくれたくれた時くらい?

 その時と同じくらい顔の表情が硬いし、緊張してる。

 何を言うんだろう。

 ここまで緊張したのは、いつぶりだろう。

 ……この世界に来たぶり?それとも銀子に告白された時?

 そう思ったけど、そういえば昨日殺す前にこれくらい緊張してたな。


 もう一回、深呼吸。

 空気の味も臭いも感じない。


 ……言おう。


「この世界は元にいた日本じゃない」


 何故なら私達は理不尽にも異世界に来させられたんだから。


「私達の持ってる道徳や常識、そんなもの、ここで捨ててもらう」


 何故ならこの世界は弱肉強食だから。そんな物を持っていたら喰われてしまうから。


「そして、無茶な約束を一つだけしてほしい」


 何故なら、君達は私の生徒だから。


「どうか、壊れないでくれ」


 何故なら、私が既に壊れかけだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る