第27話
「今日の午前の訓練はない、午後の訓練まで休んでいてくれ」
朝食の時間、この世界に来てから初めての雨で少し湿った空気の中。
そう告げた獅子山先生の顔はどこか疲れており、低気圧のせいなのか、それとも先生が何か隠し事していることにも関係があるのか、それとも昨日の話し合いが疲れたのか、私には何も分からない。
「さっきまでは曇っていただけなのに」
逆に、先生が部屋に戻る時に雨が降っていなくてよかったとも言えるけど、そんなことがどうでもいいくらい雨は嫌だ。
だって……雨だよ?嫌に決まってるじゃん。
雨かー……。
休めって言われたけどなぁ。
私は壁に寄りかかりながらサンドイッチを貪る七先生に近付く。
「七先生」
「あら速水銀子、おはよう。午前の訓練無しは貴方もよ」
「いえ、質問なんですけど……出来れば実戦もしたいけど、もしもこの雨の中で【雪之女王】を使ったらどうなります?」
「んー……別に、能力じゃなくても普通に氷魔法で凍りつくすことも出来るし、過去に何人もやったことがある実験でもあり遊びでもあるけど、今日は駄目よ。午後がハードなんだから。」
「えぇ……そんなにですか?別にいつもみたいによく分からないポーションくれればいいじゃないですか」
「そんなによ。だから、寝るなり遊ぶなり本読むなりした方がいいわ」
「ちなみに、何をするんですか?」
「内緒よ」
内緒。
先生にもされている隠し事。
同じ隠し事なのかどうかわからないけど、七先生の顔も少し不安げだった。
☆
せっかく休みを貰えても、外が雨じゃあ遊びに行けないじゃないか。
そんなことを考えながら図書室、というか書物庫?よく分からないけど、僕からしたら本がいっぱいある部屋としか思えない。
そんな所に、少しだけ珍しい人がいた。
「…………ふぅ」
「やぁ
「うわぁううわぁあああ!!ににににににのまえさん!?どうしてここに?」
「僕からしたら、どうして『うわぁ』を二回言ったのかが気になるけど、穴隠さんの質問に答えるなら『本が読みたいから』だよ」
「そ、そうですよね。あの、ごめんなさい私が勝手に驚いていただけなのでえっとそのお騒がせして申し訳ありませんでした私は何も出来ないですが許してくださいぃぃ……」
穴隠さんが繊細な人だ。何か集中している時にこうやって話しかけるといつも驚いてしまう。
反応が面白いからいつも話しかけちゃうけどね。
「んーん、別に怒ってないし僕がいきなり話しかけたのが悪いから、穴隠ちゃんは一つも悪くないよ。それより、ずっと立ったままで疲れないの?本も分厚いし。何読んでたの?」
「え、えっとぉ……『メノウ創造神話』って本なんですけど、この国が信仰している神様の神話で……私、この世界のこと来たばかりで分からないから、せめてこの国のことだけでも知ろうかなって」
「ふーん、でも珍しいね。穴隠さんって普段部屋で本を読んでるイメージだけど、意外とここでも見るんだ」
「い、いや!そのぉ……お恥ずかしい話ですが、ちょっとだけ中身覗いて、面白くなかったら棚に戻そうかなぁと思ってたんですが、意外と面白くてつい立ったまま読んでしまって」
「疲れないの?」
「読んでいた時は気にしてなかったですが……気が抜けたら一気に疲れが来ましたね。腕と足に」
「大丈夫?午後にはきつい訓練があるって言われてるんだし、今のうちに休んでおきなよ」
「はい……でも、本は読みたいので部屋に持ち帰ります。ところで
「どうしたの?」
「後ろでほっぺを膨らませながら睨んでる大和さんは、どうされたんです?」
後ろを振り返ると、そこには嫉妬を頬っぺたに詰め込んだ可愛らしい大和ちゃんがいた。
「んー、一種の放置プレイみたいなものだから気にしなくていいよアベシッ!」
後ろから強い衝撃が与えられた。
「馬鹿言ってんじゃないよ!ほら行くよ!ごめんねこんな馬鹿と話させて!」
「いいいいいいいいいいえいえむしろ独りぼっちの私に話しかけてくれて辛くはなかったかなって感じですしええええええとその……なぐらないでえええええ!!」
「え!?そんなことしないよ!」
横たわる僕は、とりあえず大和ちゃんのパンツを見ながらこう言った。
「とりあえず、静かにしよ?あと、今日のパンツも可愛いね」
「死ね!」
☆
ご飯を食べた後に男の子の部屋に行く私と燕。
別に彼氏とかやましいことじゃない。
ご存じの通り業君に脅されてムカデとか蜂のお世話のお手伝いをさせられてる。
今日はそれの二日目。
思ったのが、緑色の羽の蝶だけはこの中で唯一の癒しだなーと。
「ねぇ業君、この蝶は綺麗だね。なんか蜂とかムカデみたいなヤバい物しか好まないかと思ったけど」
「あぁ、その蝶は観賞用でもあるけど戦闘用でもあるんだ。どうやらこの世界の蝶……というか蝶の魔物って人間に対して直接的な危害は加えないんだけど、身の危険を感じると毒のある鱗粉があって飛ばすんだって。で、その『孔雀蝶』の鱗粉は睡眠効果と麻痺効果、幻覚効果まであるんだって。まだ三十匹しかいないけど、万単位で集めて広範囲に鱗粉をばらまけばどうなるかなぁと思って」
多分ヤバいのは虫じゃなくて業君だ。
「……何を目的にそんなこと企むの?」
燕が軽く睨みながら質問した。
青い蛙にゴキブリを与える作業を任されているのに、全部烏に任せて自分だけ安全圏にいるのはずるくない?巻き込んだ形ではあるけど。
反対にいる業君は机に座って記録を書いている。
どうやら、どの虫が何匹いるかが能力によって分かるらしく、何匹増えたか、どのように変異したかを記録しているらしい。
私は聞いただけで分からないけど。
「さっさと向こうの世界に帰りたいから、魔王倒すならどんな手段でも使ってさっさと倒して、僕達が帰る研究をして貰おうかなーと。聞いた話によると、魔王ってゲームみたいに島があってお城構えてふんぞり返ってるんだって。だからその島の外からこの孔雀蝶を」
「それはもう聞いたよ……というか、さっきサラッと言ったけどこの蝶って魔物なんだね。ただの虫にしか見えないよ」
「というか、僕の【魑魅魍魎】って『虫』というより『虫の魔物』なんだよね。魔物の定義って僕はまだよくわかってないし、メイドさんや七先生とか隊長とか聞いたし、文献も見たけどよくは分かってないんだって。一応『魔力が含んでいるから』『人に害を為すから』の二種類あって、そこにいる《孔雀蝶》は魔力含んでるけど人に害はない、だから魔物。逆だと猪とかかな。魔力ないけど畑を荒らしたりと害を為す。だから魔物」
「な、なるほど?」
「じゃあ人間は魔力が含んでいないんですか?魔物じゃないんですか?って聞いたら、広く見れば魔物で、血が赤いから『人間』血が青ければ『魔人』って言われた」
「へ、へー。魔人って血が青いんだ」
ほとんど分からないけど、そこだけは分かった。
とりあえず、話題を変えてみよう。
「業君って元々虫が好きなの?それとも、能力がこれだったから仕方なく虫を扱っているの?」
「元々大好きだよ。特にムカデが大好きで、海外から取り寄せたムカデを隠れて飼っていたりしたよ。あとはまぁ蜥蜴とか、めちゃめちゃ高い蝶の標本とか置いてたりしてた」
「ふーん。見た目は……ていうか髪の毛がめっちゃアニメオタクだけど、どっちかって言うと虫オタクなんだね」
「そう言ってくれると嬉しいよ燕さん、よく見た目でオタクって弄られてたけど、その度に『虫オタなんだよ』って心の中で思ってたからさ」
「じゃあ髪の毛切ろうよ、邪魔じゃない?」
「邪魔じゃないしこれが落ち着く」
まぁ、オタクってことは変わりないけどね。
☆
「……暇だ」
そんなことを呟く午前九時の高飛車火南。
普段は授業や訓練している時に「はい休んでー」なんて言われると何をすればいいのか分からないくなるのは俺だけだろうか。
これが元の世界ならフェイ〇ブックとか見てるだろうが、生憎フェイ〇ブックは更新されないし、それどころかスマホなんて使ったら電池が無くなる。
「あー……サッカーしてー」
一応、夏に先輩がいなくなってからサッカー部の部長を務めるくらいにはサッカーをしているのだ。
サッカーボール、というか空気の入ってる丸いやつなら小さくても大きくてもいいからリフティングとかしたい。
「……歩くか」
じっとしているのが苦手な自分、誰かにあって話とかできればいいんだが。
「あ、
「かしこまりました、いってらっしゃいませ」
ここ最近、メイドさん達に「自分でやるからやらなくていい」は通用しないと察した。
最初から任せてる人もいたけども、自分はどこか申し訳なくて出来なかったが、引き下がらないあの姿勢は諦めるしかなかった。
「お、
廊下で駄弁っている二人を見つけた。特にこの二人は遠くから見てもこいつだと分かりやすい。流麗は両目が髪の毛で隠れ、稲に関しては能力で尻尾とか耳とか付けてるからめっちゃわかりやすい。
「おはようさん部長」
「部長?あぁ、火南はサッカー部部長で稲は部員か」
「そう呼ぶなって。ここではサッカー出来ないんだから」
「だよなー。普段訓練してるから運動したいとは思わないけど、こういう『休み』って言われてる時はサッカーとかバスケとかしたいよね」
「「分かる」」
そんな話を駄弁って十分。
「そういえば、今日の午後の訓練って何するんだろうな。なんかヤバいって噂がするんだけど」
「え?いつもの魔法じゃなくて?」
「じゃないらしいよ。雨の中走るとかかな」
「風邪引くだろ」
「てか、午前の訓練ないのが意味不だわ、兵士さん達はなんか体育館みたいな所で訓練してるって聞くし、今日がここに来て六日目だから土曜日で休日休みだとしても、午後に訓練あるし」
「あー、というか六日目か。だいたい一週間じゃん」
「ね、なんか剣振ったり魔法とか新しいことが多すぎてまだ一週間なんだって思ってる」
「午後は組手とかじゃなくて本気でバトルしたり」
「ちょっと楽しそう。それなら午前中に体力温存するのも納得がいくかも」
「何はともあれ、午後の訓練楽しみだな」
「それなー、どんなやつだろ」
「まぁ噂に過ぎないから、意外と普通に魔法の訓練だったりしてな」
「楽しみを奪うな!耳もぐぞ!」
「やだーなにこの人こわーい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます