第25話
「今から貴方達三人にしてほしいことがあるの」
獅子山先生の脳筋作戦をある程度固めた後、富士見にそう言われ真夜中の城の歩く。
生徒に早めに寝ろと散々言っているくせに、こんな時間まで起きて大丈夫だろうか。
まぁ今更感はあるが。
着いてきた場所はこの城の裏の地下、岩肌がむき出しな壁に黒い鉄格子、その中に丸裸の人間が入っているこの空間は、何も聞かなくても分かる、牢獄だ。
法を犯した者はこの牢屋に入れられ、刑期を過ぎたら『罪の刻印』を首元に押されて出所するらしい。
『罪の刻印』とは魔法で押されたハンコのようなもので、これは三年も経てば消えるそうだが、逆に三年間は自分が犯罪を犯したことを周りに明かすことになる。
この部屋に入ってから、小山内は自分の目を瞑り私の服の先っちょを摘まんで歩いている。牢獄に入れられた人間の心は、後悔か、それとも開き直りか、どんな心だろうと小山内が見たくない心であるのは確かだろう。罪を犯す人間の心なんて見ていいわけがない。
それにしても、臭い。ただただ臭い。吐き気を催す。頭痛もしてきた。言ってしまえば最悪だ。
ここにいる兵士さん達はどうして平然とした顔しているのだろう。
慣れか?
地下三階に辿り着き、四階に行く階段の手前、先程の鉄格子とは全く違う木製のドアがあり、そこに入る。
中は小さな小部屋。無人だが、椅子や机がそこに置かれている。が、来る場所はここじゃないらしく、さらにこの奥、今度は鉄で作られたドアだ。
富士見は迷いなくそこに進んでいく。私達はそれに付いて行く。
鉄のドアの部屋の最初の印象は、何重にも黒い何かに縛られ壁に貼り付けられた上半身裸の一人の男性。目元は目隠しのタオルが巻かれ、口元も喋れないように黒何かを撒かれている。
その男は、私達が入ってきたドアの音が聞こえると、動かない身体を必死に動かす。縛られた物を必死に解こうともがく。
「小山内玉萌、目を開けなさい」
これまで、囚人たちを一ミリも見ないようにとずっと目を瞑っていた小山内が、富士見の言葉を聞き恐る恐る目を開く。
「ハウッ……」
「まぁ、言わなくていいか。もう全部分かってると思うし」
もう全部分かってる、それは、小山内に向けての言葉。
そう言えば、してほしいと言われてから小山内はずっと怯えていたようにも思える。
「おい、こんな所に来させて説明なしか?」
獅子山先生は目を細め、苛立った表情をしながら富士見を睨む。
富士見は私達を案内してからずっと眉一つ動かしていない。
それは、あの悪臭の中も、醜いあの男を見ても、苛立った獅子山先生を見てもそうだった。
授業中はコロコロと表情が変わり、銀子もいい先生だと言っていたのに。
富士見七の小さな口が開いた。
「彼の名前は『シーク』大きな盗賊組織のリーダーをしていたわ。こいつらは、小さな田舎町を文字通り破壊したわ。おじいさんおばあさんは容赦なく殺され、男性たちは抵抗するも殺され、小さな男子は闇取引で奴隷として売られた。女性はだいたい五十代まで犯された後に売られたかな。まぁもちろん、商人も何度も襲われて、沢山死んだ。生きてても引退を余儀なくした人も数知れず……まぁ罪を数えても仕方ないわね。盗賊組織のリーダーであるこいつは、当然死刑」
未だに醜くもがく彼はとんだ極悪人。
確かに、これだけのことをしたら死刑になるのも仕方ないが……それがどうして私達をここに連れてきたのか分からない。
「さて、本題はここから。率直に言うわ。貴方達、こいつを殺しなさい」
「は?」「え?」
獅子山先生と私は、素っ頓狂な声をあげた。
ただ、小山内だけはやはり知っていたのか、言葉を聞いた時苦い顔をした。
意味が分からない。
「意味が分からない」
心の声が言葉として落ちた。
「でしょうね。だから、簡潔に意味を説明をするわ。
私達の世界は血に塗れた世界。魔人や魔物だけでなく、人間同士の醜い争いも続いている。それに比べて、貴方達の世界は、貴方達の住んでいる場所は、人が人を斬りつけて、人が人を殺して、赤黒い血を背負わない優しい世界なんでしょう?別に、その世界を否定するわけじゃないし、私達が見習うべき世界なのでしょう。
でも、そんな世界の人間が、魔王どころか魔物すら
部屋の中に静寂が訪れる。
呆気に取られる私達。
だが、視界の隅で小山内が小さく首を振ったのが分かった。
「……その反応だけで十分だわ。そうね、まったく……ほんとまったくだわ」
一瞬だけ笑い、下を向いて、呆れるようにこう言った。
「神は使えないわね」
『貴方は神に縛られる人じゃない』
先程小山内が言った言葉を思い出した。
この人の過去がどんなものなのか、縛られるとは何なのか、神とはなんなのか、分からない。
ただ、一つだけ。
今何を思ってるか、本人である富士見と、心が読める小山内にしか分からないが。
そんな寂しそうな顔は、しないでほしいと思った。
「話を戻すわ。言ってしまえば人を殺す耐性を今日中に付けなさい。明日、遅くて明後日にはこれと同じことを子供達にもするわ」
「ま、待て。そこまでは聞いてない」
「当たり前でしょう?今言ったのだから」
いきなり「生徒にも人殺しさせます」と言われればそれはビビる。
「……俺は生徒達に出来るだけ人を殺させたくない。もしも元の世界に戻れた時、安易に人を殺すようなことがあってはならない」
「それは私も思う。実際に、能力を使えるようになりその力を使って脅迫染みたことをする生徒が表れた。これ以上のことはさせてはならない」
「考え方が甘いわ。それは貴方の世界のことであって……正直、来させた世界の住人が言ってはいけないけれど、貴方達の世界のことなんて心底どうでもいい。弱肉強食の世界において、慈悲なんて邪魔以外の何物でもないの。それに、襲う側で恐れていたら襲われたときどうするの?向こうの世界に戻る前に、死ぬわよ」
ぐうの音も出ない正論に何も言えない。
仕方ないのだ、文字通り『私達の住む世界が違う』のだから。ルールや文化、考え方などが違うのは分かっている。
分かっている、なんなら今ここでその男でもなんでも殺して、殺しというものを慣れてやりたい。
「これ以上話しても夜が深まるだけ。順番は任せるわ」
ただ、それでも。
三分程黙っていると、富士見先生は痺れを切らした。
「埒が明かない。美咲賀斗琴、貴方からやりなさい」
カランカランと、よく使っている訓練用の長剣が私の足元に転がってきた。
「一応言うけれど、それは本物の剣よ。普段は素人が使うと危険だからって理由で決して斬れやしない物で訓練しているけどね」
無意識に手に持ってみると、確かに重みが違う。
……重みが違うだけで、これは人を殺す道具だと思ってしまう。
「一つだけ、アドバイスをあげるわ。『達人剣を選ばず』という言葉がこの世界にはあるのだけれど、訓練用の剣だろうが本物の剣だろうが、経験を生かして、訓練通りやるのが一番よ。まぁ、ちょっと意味は違うけど」
「……私の国には『弘法筆を選ばず』ということわざがある。もしかしたら、それに近いのかもな」
この部屋に来てから何分経ったのかしらないが、久しぶりに言葉を発した気がする。
それだけ思いつめていたような気がするし、なんだろう。富士見の言葉を聞いたら少しだけ気持ちが軽くなった気がする。
足を、一歩に二歩と歩ませる。
目の前には、もうもがくことを諦めた男。ただ、密閉されたこの空間では足音がやけに響く。男はそれを聞いて、最後の抵抗の意思を見せる。
どう殺した方がいいだろうか、訓練通りと言われても、斬り方は色々ある。
叩き切るように真上から、全身を使って右上から、勢いのままに真横から、切り上げるように下から。
ただ、この時間さえも時間稼ぎのような気がして、とりあえず、一番慣れている右上から行こうと思った。
「……」
剣を振りかぶり、一回二回、五回ほど深呼吸する。
そのままの体制で固まって、けれど、一度腕を下ろして自分を落ち着かせる。
やっぱり、躊躇ってしまう。理屈と論理が攻め合っている。
男のズボンが擦れる小さな音が煩い。
自分の心臓の音が煩い。
訓練の時はどうやって剣を振るっていただろう。
『あはは……鋭いですね。ぶっちゃけ、まだ怖いんですよ。剣振るのが。どれだけ素振りしても、いざ試合をするとどうしても』
『それは……仕方ないだろう。私は無心でやっていた』
無心、か。
そうか、無心か。
☆
この時、人類で二人目の能力二人持ちが誕生した。
一人が『明智玉鬼』
異世界の者の血と帝国の血、その両方が過去に見ない力になり、能力を二つ産んだ。
もう一人が『美咲賀斗琴』
異世界から来た者は、必ず一つ能力を持っていたが、経った今、能力を覚醒させた。
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